第1章

―1年後― 四月

この一年間、仕事場では知らない情報をたくさん聞くことができた。惑星は母親の言うように政府の実験の場だったのかもしれない。全くといっていい位、地球での出来事が伝えられていなかったのだ。何も知らせず物理的に食事改善をさせて、こっそり治験薬の効果を見るようなものだろうか。

アメリカが様々な問題を抱えていたのは以前から分かっていた。しかし、米国の大都市で現在、仕事以外で生活している人間が一人もいないという事を、すぐには信じられなかった。アメリカの大災害から、もう七年が経過したという。

近年、人のいない土地を除く米国全土で食肉用として飼育される主要な家畜に原因不明の病気が発症した。それは、ある条件のもとでの非常に早い増殖を特徴とする新種のウイルス性の病で、人への感染の場合、主に肉食をしていた人間の体内でのみ増殖し、瞬く間に身体中のあらゆる細胞を破壊する特性を持っているらしい。それによりアメリカの人口のおよそ半数近くが病死し、「肉食を殺す」という意味で世界でそのウイルスはEat Meat Killの意でEMKウイルスと呼ばれた。その当時米国では、ベジタリアン、またはそれに近い食生活をしていた人間だけが生き残り、一定期間他国に移り住む事になったのだという。

EMKウイルスは動物の体内では実にゆっくりと症状を進行させるため大半の家畜は感染を免れ、また感染しても動物の場合は八割以上が完治するらしい。自然治癒した動物も数多く、世界ではその理由が研究されているが、未だにきちんと解明されていないそうだ。保護された家畜やその他のペットなどは感染の心配の無い各国のベジタリアン達によって念のため米国外へと運び出され、一時期米国では、主に人類が生息していた土地の生体反応が大方消滅したとまでネットのニュースには書かれたという。

今はアメリカの自然を国連が管理しつつ、もと大都市であった地域には、かつて人類が残した放射性廃棄物が置かれているそうである。

EMKウイルスの蔓延は米国内で治まったが、かつてない大災害のニュースは世界中を震撼させた。各国でアメリカの二の舞になる事が懸念され、日本でも大規模な肉食廃止運動が起こるなど多大な影響を受けたようだ。

しかし何事も無く数年が経ち、徐々に畜産農家を中心とした「肉食廃止に対する反対運動」が盛んとなり、その頃から、ベジタリアンと肉食主義者の対立は激しさを増していったのだという。

俺がいない間に大変なことになっていたのに、母さんもツグミも帰ってから一度もその話題については話さなかった。それだけ日本国内の変化に翻弄されてゆとりが無かったということなのだろうか。単に言うのを忘れていた可能性もあるが。ある意味順応性が高いとも言える。

今日も職場でそんな話を延々と聞いたせいか、流していたハードロックのせいか、その夜おかしな夢を見た。ビルの窓から大勢の人が何かを見ている。俺は用事を済ませ、エレベーターで地上へと降りた。外に出ると小規模なデモ行進をやっていて、皆が上から見ていたのはこれだったのか、と俺は思った。

スピーカーで大音量となった声は聞き取りにくかった。よく聞いてみると、デモ隊は面白いことを叫んでいる。

「菜食主義反対! 我々医師の仕事を妨害する菜食主義者の存在を、断固排斥する! 肉食賛成! 肉食主義万歳!」

なんだこのデモ……。医者の集団が起こしているのか? にしては内容がちょっと行き過ぎじゃあないだろうか。周りの通行人の声も興味をひいた。

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