現在囲碁は、その発祥地と言われている中国のみならず、世界各国でその広がりを見せている。年一回行われる世界選手権戦も、既に十数回を数えるまでになり、年毎に活況を呈している。次は碁を打つための道具のことについて述べるが、次の三つのものが必要である。ご存じの碁盤、碁石、碁ご笥けがそれである。碁盤の材質として最上のものは、何といっても(かや)の木である。

他の材質としては、桂、銀杏、桧などもあるが、榧の色つやや、木目の美しさ、絹のようななめらかさ、打った時の石の響きとその弾力性は、どの木材もこれには及ばない。中でも天地柾と言われる本榧の厚さ七寸以上のものになると、その値段で一軒家が買えるほどの高価なものになる。

しかし、最近この榧の木も年々少なくなり、益々希少価値を高めている。何しろ、一本の榧の木が、こうした碁盤を作るに足るだけの巨大な大木に育つためには、優に五百年以上もかかると言われているからである。樹齢五百年の原木を切っても、更に十年以上乾燥させなければ、良い碁盤は作れない。

また、その原木を十年乾燥させると、その重さは元の重さの半分くらいに減ってしまうという。良い榧の盤が、如何に高価なものになるか、理解できるような気がする。次に碁石であるが、白石の方は蛤でできているのが上級品で、中でも日向(宮崎県)で採れる蛤が最高級品とされている。一個一万円以上するものもあると聞く。

この日向の蛤も、最近では数が少なくなり、代わりにメキシコ産の蛤を使うことが多くなってきている。石の厚みは号数で表し、一般に三〇(八ミリ)~四〇号ぐらいのものが打ち易いとされている。一方黒石の方は、那智黒(飴玉にもこういうのがある)と言われ、和歌山県で採れる黒石が良く、こちらの方はまだ資源豊富である。

碁笥は桑の木から作られ、伊豆七島産のものが最上級品とされている。他に栗、桜などの木からも作られている。普通碁笥は、それに入れる黒石が白石よりも少し大きく作られているため、二つの碁笥の大きさが微妙に違っている。つまり、二つの碁笥が揃っていないということである。

このことから、夫婦が揃っていない奥さんのことを後家さんと呼ぶが、これはこの碁笥というところから由来している。

※本記事は、2022年10月刊行の書籍『冬の日の幻想』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。