ある日、庭全体が水たまりのようになった。排水溝の水が溢れ出しているらしい。結里亜は、下水の工事を依頼するか簡易的に修理をしてもらえばいいと思ったが、工事はせず、当面は食器を洗った水はバケツにためて庭に撒き、洗い終わった洗濯槽の水も庭に撒くように貫一に言われた。脱水の前に一度洗濯機を止めてその水を庭に撒くので普段の何倍もの時間がかかった。

仕事が増えたと思ったが従うしかない。実家の洗濯機を使うよう忍に言われ、忙しい時は実家に行った。この時間は結里亜にとって、願ってもない息抜きになっていた。水が溢れ出さないためにはお風呂も考えなくてはならない。それで、家から車で四十分ほどのところにある日帰り温泉の半年券を買って、毎日、結里亜の運転で通った。

恭一は、仕事で帰りが遅いので家でシャワーを浴びていた。温泉に行けるのはうれしかったが、帰ってから夕食の用意をするのは忙しかった。庭に溢れ出した水は、そこだけに収まらず道路にも流れていた。しかし、貫一も澄子も気にする様子はなかった。

簡易的な工事を業者に依頼し、工事が終わるまでは相変わらず温泉に行ったり、実家で洗濯をさせてもらう生活が続いた。買い物に行っても、実家に行っても、用事が済めばすぐに帰らなければならなかった。そんな時、今野一恵から結亜里に電話がきた。

「結里ちゃんの家の前の道に水が流れ出していたから気になってかけたの」

と一恵が言う。

「やっぱり気になるよね」

と結里亜。そして一部始終を話した。

「恭一さんはなんて言っているの?」

と一恵。

「親の言うことに従っているの。それに朝早く仕事に行って帰りも遅いからそこまで気にならないみたい。水だけならまだしもへんな臭いがしたらどうしよう」

と結里亜が言うと、

「今のところ水の量も少しだから大丈夫だと思うけど気になるよね。また、何かあったら結里ちゃんも連絡してね。話すだけでも楽になると思うから。一人で抱え込まないでよ。何もできないかもしれないけど聞くことはできるから」

と一恵。

「ありがとう、話せる人がいるだけでほんとにうれしい」

結里亜は泣きそうになりながら答えた。

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※本記事は、2022年6月刊行の書籍『氷のトンネル』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。