その日がやってきた。昨夜、幸太は眠れなかった。考えても仕方のないことだが、明日が幸太にとって最も重要な日になるかもしれないと思うと、脳が眠りを妨げるのだ。剛史と祐介とは、十二時過ぎに銀行の駐車場で待ち合わせをしている。そうそう休みの取れない幸太は、昼休憩を利用して銀行に行く予定だ。

正午を知らせるチャイムが鳴った。制服の上着を脱いで自転車にまたがった。見上げると雲ひとつない青い空が広がっている。五月はもう半ばを過ぎて、道行く人は半袖姿が目立つ陽気だ。

幸太はクリーニングした白い長袖のワイシャツに、お気に入りの水色のネクタイをしてきた。見た目が大事で、清潔感を出すのだ。幸太はネクタイをぎゅっと締めてペダルを踏み込んだ。

その銀行は役所から十分ほどの距離にある。ゆっくりこいでも約束の時間には間に合うのだが、知らず知らずのうちに速度が増して、幸太のネクタイが風になびき肩の後ろで泳いでいる。どうしても気が急くのだ。駐車場に着くとすでにふたりが待っていた。

「よう幸太、早かったな」

剛史が言い、祐介が笑顔を見せた。

「ふたりとも今日はありがとう」

幸太は礼を言い、ハンカチで汗を拭って風に乱れた髪を手で整えた。そして頬をパンパンと叩いて気合を入れた。

「さあ行くぞ」

幸太たちは裏の駐車場から、銀行の壁際の通路を通って表に出た。入口の自動ドアから幸太、剛史そして祐介の順で入った。キャッシュコーナーがあり、そこからガラス越しに中が見える。幸太は目配せしてふたりを呼んだ。

「あの窓口の一番左におるのが彼女じゃ」

ふたりは幸太の肩越しからのぞき見た。

「ほう、べっぴんじゃのう」

「剛史、じろじろ見るな。俺らは今日は他人なんじゃ」

祐介がそう言い終えないうちに、幸太はドアを開けて中に入った。剛史と祐介は適当な間隔を空けてあとに続く。幸太たちは打合せどおり、番号札を取ってソファーに座った。幸太の前の席に剛史が座り、祐介は少し距離を置いて座った。昼時のせいか客は前回よりもはるかに多い。窓口も三人で対応している。

確率は三分の一か。ふたりに頼んで正解じゃったか?

幸太はぐるりと店内を見渡して、七人の客が待っていることを確認した。少し時間がかかるかもしれない。そう思って剛史を見ると、彼の頭が一方向しか向いていないことに気づいた。幸太はおもむろに立ち上がり、雑誌を取りに行くふりをして剛史の横を通った。案の定、剛史の目はひとつに集中して彼女をずっと見ている。幸太は自分の革靴で思いっきり剛史のゴム靴を踏みつけた。

「いてっ!」

剛史が声をあげた。その声に周りの人が注目した。

「すみません、大丈夫ですか?」

幸太がその場にしゃがんで、気づかうように剛史の靴に手を置いた。

「あ、あ~大丈夫、大丈夫」

剛史は気まずい顔をして手で制した。祐介がこちらを見てにやりと笑っている。暫くすると、幸太のひとつ前の番号が呼ばれた。彼女から一番遠い窓口だ。その直後に彼女の隣の窓口の客が帰った。幸太は剛史の肩を叩き、素早く番号札を取り換えた。

そして剛史が呼ばれ、幸太が祐介を見てうなずくと、祐介はそれとなく立ち上がって剛史のいた席に座った。いよいよかと、幸太は心を落ち着かせるよう深く息を吸う。そして彼女の窓口が空いた。

【前回の記事を読む】父親が早くに亡くなった子の頭を「バシ」とげんこつで叩いたわけ