「姫花だ!」

「おかえりー!」

そっと後ろのドアから顔を出すと、たくさんの子が私に気づいた。

「席替えしたから姫花はここだよ!」と、言われるままに席に座る。

「退院おめでとう!」

「ひさしぶりだね!」

「うん、ありがとう」

新しい席の周りの子たちが、次々と言葉をかけてくれる。私の居場所が、変わらずに教室にあることに、嬉しくなった。少しずつ、1時間が2時間に、2時間が3時間になって、学校での日常が戻ってきた。

1か月ぶりの学校生活で分からないところがある時は近くの子がすぐに教えてくれるおかげで、授業も思ったより大変ではない。4年生が終わる頃には、学校に通う毎日が当たり前になった。

春になって、5年生に進級した。3月にあった大きな震災のことでみんな頭がいっぱいで、3か月前に手術を受けた11歳とは思えないくらい変化の多い毎日が過ぎていく。私の住んでいるところに大きな影響はなかったけれど、同じ日本でたくさんの人が亡くなったことをテレビが伝えていた。画面に映し出される被害は、別世界のように見える。

この間まで当たり前に生きていた人たちがいなくなった。そして、私はきっと明日も生きている。自分はまだ死ぬはずないと、当たり前のように信じながら。ふと、手術の後に見た夢を思い出した。あのまま振り返らずにいたら、私はここにいなかったかもしれない。けれど、あの時死んでいたかもしれない、というのは生きているから思えることなのだ。あれはきっと、ただの夢だけれど。

担任の先生が変わらなかった。先生は「残念だったね~」と笑っていたけれど、今年も同じ先生で良かった。秋になると、マラソン大会に向けて練習が始まる。校庭を1周走ったら1マスを塗れるカードが配られた。さすがにこれはできない。

「姫花は、読書の秋ね」

しばらくカードと見つめ合っていた私の席に、先生の声が降ってきた。先生は私のカードに、本を1冊読んだら1マス、と書く。捨てようと思っていたカードが、一瞬で目標に変わった。頑張れば、3枚くらいは塗れるかもしれない。

※本記事は、2022年3月刊行の書籍『キミがいるから私は』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。