序章

「以上、本日の業務報告終わります。お疲れ様でした」

「はい、田中(たなか)嶺(れい)さん、お疲れ様でした」

会社から送られてくる複数の資料を精査して、統合した完成データを送信し、上司との通話画面を閉じた。ノートPCの電源を落として、腕を伸ばして小さく溜息を吐く。

体の疲れはさほどないが、脳の疲労からか座イスにもたれかかりながら天井を眺めてしばしボーっとする。

ゆるい天然パーマの頭を掻きながらゆっくり立ち上がり、上半身だけ着たシャツとジャケットを脱ぐ。

ダラダラとパーカーとジーンズに着替え、ニット帽を被ったらスーパーに買い物へ行く準備をする。必ずマスクを着けて。

高校を卒業し地元を出て都内の企業に就職して2年、誰がこんなふうになると想像したか。

データセンターへの入社1年目、慌ただしく地方からの引っ越しを済ませ、新しい生活の始まりに目を輝かせていたのも束の間。世界各地でよくわからない疾病が流行の兆しを見せ、半袖を着る頃にはみんなマスクを着け始めた。コートを羽織るのに丁度いい季節の頃には人同士の接触を避け、感染を防ぐ観点から会社に出社せず、自宅からPCで仕事をするリモートワークになった。

それから約1年、冬も春も夏もほとんど何処にも行かずに季節が過ぎていった。元々漫画好きの出不精とはいえ、ずっと自宅に居るのはさすがに参った。上司や同僚の顔が画面にあるけど、直接顔を合わせない生活にももう慣れた。

リモートワークになって変わったことは多々ある。

メリットは外出する機会が減り、外食や仕事帰りの寄り道する機会も減ったので余計なものを買わなくなり、行動の変化により貯金額がやたら増えた。家から出ないのでお腹も空かず、1日の食事が栄養ゼリーと間食で済む日もある。

だが、デメリットもある。

昔からずっと漫画好きなので、リモートワークで部屋にいるとメジャーやマイナー問わず厳選し続けたベスト300冊の推し漫画が常に視界に入り、読み返したい誘惑に負けそうになる点だ。

集中できなくなり、一度リモートに慣れないテイにして、仕事中に1タイトル全巻読破してしまうこともあった……。

解決策としてとにかく目につかないようにと目隠し用にキングサイズのシーツを買い、本棚に貼り付けることでなんとか集中して仕事に取り組めるようになった。

テレビを付ければ世界各地の死亡数、都内の感染数、生活様式の変化による悪影響などがセンセーショナルに映し出され気が滅入る。

自宅とスーパーの往復暮らしに閉塞感、えもいわれぬ圧迫感。それらは解消されず、日々降り積もる鬱憤……。

本屋巡りで珍しい本や漫画を見てみたいし、食べるのが好きなので本当は食べ歩きもしたい。自炊や宅配では味わえない店の空気感。それも何か月も味わってない。

(何か足りない……)

「ハァ〜……」

スーパーまでの道のりで、傾いているがまだ日が高く、夕焼けになってない空を眺めていると、また溜息が出る。

(こんなに天気いいのになぁ……100席くらいあるテラス付きのおしゃれなカフェにでも行きたいな……)

ふと、同じく都内の大学に進学した幼馴染のことを思い出す。

(今何しているかな……後で連絡してみよ……)

とぼとぼと歩きながらストレス解消法を日々考える。

(何かしたいなぁ〜……。人と接触しない何か……)