ついさっきまでしっかり立てないほど酔っていた男だとは思えぬ真剣な眼差しで倉元が言った。

「人体実験での確認もでけへんし、確かなことは言えんで。せやけど、モルモットやネズミの実験ではな、別の生き物になったかと思うくらいの効果が見られたのは三時間ほどや。で、そいつらは、薬を与えてない動物よりも間違いなく短命や。個体によって、三ヶ月から半年くらいまで幅はあるけどな。人間やったらどれくらいになるんかは、わからん」

「倉元のおっちゃん、それ、自分でも飲んでみたんか」

相国寺が、笑みの消えた顔で尋ねた。

「当たり前や。こんな年寄りでもな、筋力のアップは実感したわい。若返りいうのは、まさにこういうことやなと思うた。強烈なドーピング効果があるのは確かなことや。わしが飲んだのは、もう二年も前や。せやけど、間違いのう天賦の寿命は短縮されたんやろな。もう別に惜しゅうはないけど」

「効果が出る理由はわからへん、でも何時間かジャンプ力が伸びる、その代わりどんだけかわからへんけど寿命が縮む薬か。そういう薬を酔っ払いのおっちゃんが自分で作って持ってて、それをちょいと知り合うた俺たちにくれると。ジャンプ力を伸ばしとうて仕方がない俺たちにな。ほんま、ようでけた話やなあ」

相国寺はにやにやしている。純平は正直なところ、どう受け止めていいものか迷っている。荒唐無稽な話であることは確かだが、何となくまったくの嘘だとも思えない迫力がこの酔っ払いにはある。そして、確かに魅力的な話ではある。もしもエースの相国寺の打点が十センチ高くなったら、来週の最終戦、難波工大など敵ではなくなるだろう。

「よっしゃ、もろとくで、倉元のおっちゃん」

相国寺は倉元の手から瓶を取り上げた。

「ええ判断や、若者はそやないとあかん」

倉元が相国寺の両肩をぽんぽんと叩く。

「わしの一世一代の発明や。兄ちゃん、大事に使うてや。ほんならな。ドリンク、ごちそうさん」

それだけ言い残すと、倉元はくるりと向きを変え、四条通りのほうに向けて歩き始めた。もうふらふらした、酔っ払いの足取りではない。

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※本記事は、2022年6月刊行の書籍『生命譚』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。