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コーヒーを飲んで、クッキーを食べ、日本を発つ直前に空港で買った週刊誌を読んで過ごした。日本を離れて半日ほどしか経っていないのに、週刊誌の記事を懐かしいと感じる。知っている人は誰もいない。日本語がわかりそうな人も近くにいない。誰の視線を気にすることもない。眠たいのか、起きていたいのか、座っていたいのか、歩いてあちこちまわりたいのかがよくわからない。

日本には今、外国人があふれかえっている。まちなかを歩いていて、外国人を目にしない日は一日たりとてない。コンビニの店員が日本人だとかえって驚いてしまう。セルフサービスのうどん屋さんの製麺機械の前で操作している外国人もいる。

私が暮らしているところは、大都市と呼ばれているところだからなのかもしれないと思っていたら、とんでもないよ、田舎にだって、外国人、いっぱいいるよ、田舎のおばちゃんのほうが、外国人とのコミュニケーションがうまいよ、と田舎で町おこしを企んでいる高校の同級生が言っていた。

「おばちゃんたちは、最初は物珍しそうにして遠目で見ているけど、待ち伏せしてゴミの出し方が悪いとちくちく文句を言いながらも、毎回待ち伏せするうちに仲良くなっちゃうんだよね」

田舎の人は、散々嫌味も言うけれど、一旦懐に入ったら、昔っからの友達のようにあれこれ世話を焼いたりするらしい。フリオはそんなおばちゃんたちに会ったことはあるのだろうか。私もそんなおばちゃんの一人なのか。

コーヒーもクッキーもとうになくなっている。まだ、時間はたっぷりあった。空港の中はアミューズメントパークのようだ。日本の空気とは全く違う空気が流れている。スタバでリセットされた心と体は、異国の空気をゆったり吸うゆとりも生まれ、リュックの中から買ったばかりの一眼レフを取り出して、シャッターを切った。

アルゼンチンに向かう飛行機の待合に行くと、赤いコートをはおった人影が目についた。ほんの一〜二時間前に、もう二度と会うことはないだろうと思っていた人が、座っている。そこに吸い寄せられるように歩いていき、私は彼女の隣に座ってしまった。

腰かけた瞬間に、彼女は私のほうを見て、

「やっぱり、そうよね。そうだと思ってた。行き先、アルゼンチン。ね」

と、手を差し出す。思わずその手を握ってしまう。