壱─嘉靖十年、漁覇翁(イーバーウェン)のもとに投じ、初めて曹洛瑩(ツァオルオイン)にまみえるの事

(4)

四本足のものであるならば、椅子以外はすべて調理されて食卓に上るのが、中華の風だといわれる。わが同朋は、田んぼの中にうようよしている六本足のゲンゴロウでも食べる。

蠍(さそり)や足のない蛇でさえも、腕利きの料理人にかかれば、魔法をふりかけられたような、独特の風味に化ける。しかし、猿を食べる人が、この北京にいようとは……。

だめ押しは『朱雀(すざく)』の二字であった。私の知る朱雀とは、東方の青龍、西方の白虎、北方の玄武とならんで、南方の守護をつかさどる、伝説の神獣である。まさか、それをつかまえて来て……? その取り引き金額は、文字どおり桁ちがいの、べらぼうな値段であった。

「どうした」

湯祥恩(タンシィアンエン)が、肩ごしにのぞき込んだ。

「いえ、めずらしい動物の名が、書かれているもんですから……」
「ああ、それか」

しれっとして、表情ひとつ変えない。

「こういう動物の肉も、売れるんですか?」
「虎の毛皮は、高く売れるし、雀は、食ってもよし、飼ってもよし、そういうのを好む客もいる」
「『朱雀(すざく)』とは、あの、神獣のことでございましょうか?」
「雀のうち、とくに容姿のすぐれたものを、我々はそう呼んでいる。まあ、気にするな。おまえは、計算をまちがえさえしなければ、それでよいのだ」

それ以上、よけいな口をさしはさむことはやめ、数字を合わせることに終始した。おわって帳簿をさし出すと、湯祥恩(タンシィアンエン)が手をのばして来た。

「ごくろう。これが、今月の給金だ」

手のひらに載せてくれたのは――小さいながら、ズッシリ重い銀塊だった。

「これもだ」

銀のかたまりの上に、数枚の永楽銭が降って来て、軽快な金属音をひびかせた。

「あ、ありがとうございます!」
「受け取りのハンコをおせ」

夢にまで見た銀と銭、あわせて一両二分。漁覇翁(イーバーウェン)は、約束を守った。下宿までの足どりは、軽かった。

「よかったじゃないか、おめでとう。これであんたも、漁門の一員になったってわけだね」

管姨(クァンイー)が、祝福してくれた。

「これも、うちが儲かってるからだよ。よそじゃ、こんな給金は出せないよ。感謝しな」

主人の姿を見ることはないが、ちゃんと給金を支払うんだから、まんざら魔物の巣窟というわけでもなさそうだ。だいたいが月給だなんて、働き手を信頼してくれている証拠ではないか。従業員がいつ逃げ出すかと、たえず身がまえているのであれば、日やといにするだろうし。羊七(ヤンチー)は、悪しざまに言っていたけれども、あの男こそ、偏見にみちたものの看方をしているのではないか? 

毎朝食材をはこんで来るほかにも、飛蝗(バッタ)らしき少年はたまに見かけるが、大きな商家ともなれば、従業員の監視くらい、どこでもやっているだろう。売り上げをくすねていないかとか、仕事を怠けてはいないかとか。ろくでもないのがいるからな。

かげひなたなく働いているのであれば、俯仰(ふぎょう)天地に恥じることはない。気にしなければいいのだ。

※本記事は、2018年12月刊行の書籍『花を、慕う』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。