ひるあんどん

隅の車座の男たちの一人が大声で何か言い、周りが笑い、一瞬ざわめきが静寂に変わる。

「ああやって俗物は酒でうさを晴らすんだぞ。笑って怒鳴ってうさをはじき飛ばすって訳さ。はじき飛ばせんけどな。残念ながら、うさはうさのまま、やっぱりある」

そう、罪が罪のまま、あるように。口に入れたピーナツは固く、大陸の味を思い出して久は手を置いた。

「そういや、お前の愚痴を聞いたことがないな」

「愚痴はないが、自己嫌悪は山のようにある」

「自己嫌悪ねぇ。そっちに行くか。そっちの方向で考えると、さしずめ俺は他己嫌悪ってとこかな。全部人のせいにする。そうして、飲んで忘れたことにする。お前も飲めば楽になるぞ。これがあるとないとじゃ人生、大違いだ。アイドリングだよ、アイドリング」

「俺は不器用だから、無理だな。それに酒は若い頃、一度飲んで懲りた。妙に暗くなる。体質的にも合わんしな」

「お前、書くものも暗いもんなあ。そうそう、今、家族物書いてるんだ。うちみたいな俗っぽいのに混ぜて、賑やかしにお前たちみたいなの、入れるかな。その蝉の会話でも入れてさ。ただなあ、書きたいのは山々なんだが、真面目な奴ってのがどうも上手く書けねえんだよ。俺なんか迷ってばかりだからさ。お前みたいな迷いのない奴のことは書けねえよ」

「そんなんじゃない」

俺はそんなんじゃない。あの感触が蘇って、膝に手をこすりつける。刺したあの男の名も知らない。

「ところで講師、やってくれないか。教室で作品を読んで、ちょっと批評してくれればいい。若いのに手伝って貰ってるんだが、ここんとこ、そいつ仕事が立て込んでるらしくてな。俺のほうも都合がつかない時があるんだ。それにお前みたいな硬派の脚本家もいるってことで箔もつく。二、三度だ。頼まれてくれないか」

「俺はそういうのには向いてない。人と絡むのは苦手だから」

「家にばかりいると作品が痩せるぞ。俺みたいに色っぽい物書くためには、若いのと絡むのもいいぞ」

「お前のに、色っぽい物なんかあったか」

「書かしたら、上手いぞ。ただ女房が怖くて、おちおち書けねぇだけだ。ま、せいぜい、ホームコメディの中のラブシーンくらいで発散してるよ」

今度の仕事、視聴率がいいらしいなと言ったら、ありゃ、子役のお陰だ。お前みたいに賞向きなのは書けねえからなと、いたずらを見つかった子供みたいな顔で笑った。

「ま、とにかく考えてくれ、講師の件。場所は表参道。シナリオ教室もこの頃は大手が目つけて、のさばってきてな。競争が激しいんだよ。だから、若者受けがいいように場所でグレード上げるしかねえんだ。コネ使って安く借りてる。人は見た目に騙されるって訳だ」

「考えてみるよ」

「おう」