第三章 運命の人

インテリメガネの位置を直す鶴岡の、何気ない言葉の節々から嫌味が感じられる。穂高第二中では珍しく、どの部活にも所属していない。その代わり中一のころから塾に通い、学年では常に一位を取ってきたらしい。

だが、前回の試験では部活引退後の結花の猛追をくらい、入学後初めて一位の座を結花に奪われたのだった。中二の春に転校してきた勉強のできない達也を、会うたびに馬鹿にしていた。勉強面でのライバルであり、密かに好意を抱いている結花と仲がよいということも鶴岡にはおもしろくなかった。

「お前、志望校決まったのかよ」
「みそぎ学園高校にしたよ。英語がまだ成績足りなくてさ」

達也の言葉に、鶴岡は口を押さえ笑いを堪えている。達也が眉をひそめると、鶴岡は押さえていた手を放すがまだへらへらと笑っている。

「お前本気か? まあ斉藤が受かるんなら俺は楽勝だな」
「何?」

達也の拳(こぶし)に力が入る。どうやらこいつの志望校もみそぎ学園高校らしい。「俺は大丈夫だけどよ。まあ、せいぜいがんばれよ。じゃあな」鶴岡は再びくっくっと笑いを堪えながら反対側の自習室Aの方へと去っていった。そこへ分厚い本を抱えたミヨが戻ってきた。

「知っている人? 今の」
「中学校の同級生。すっげえ嫌なヤツなんですよね」

ミヨは自習室Aの方に目を向けた。にらむような眼差しだ。達也は、ミヨとミヨの視線の先を交互に見ている。首を横に振りながら、隣の椅子にミヨは座った。

「あの人、ダメ。落ちるわね」

ミヨの「落ちる」という言葉に、達也は一瞬身をすくめた。そんな達也の左手にミヨは優しく手を添えた。

「達也くんは大丈夫。苦手な英語を克服すれば心配ない」

ミヨの細くて白い指から温かいものを感じる。心の中の不安が包みこまれていくようだ。

気合いを入れ直した達也は英語の問題に取りかかった。一題解くたびに疑問に思うところがでてくる。だが、そのすべてをミヨが顔色一つ変えることなく即答していく。

「先輩よくこんな難しい英文理解できますね。得意科目なんですか? 英語」
「得意というほどのものではないけれど。ただ英語の資格は準一級を持っているわ。」

達也の声を横で聞きながら、ミヨは書架から持ってきた本を読んでいる。時々マスクを押さえ咳をしているが、やはりつらいのだろうか。

※本記事は、2012年5月刊行の書籍『アザユキ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。