「……とまあ俺達の旅はまだまだ続くって感じで以上、第一部完でございます」

最後にゲイツは頭を垂れて話を締めた。サヤは両手を打って喜ぶ。

「すごい、本当にいろんな場所を巡ってるのですね!」

「風の向くまま気の向くままってね。好きな時に好きな場所へ行く、それがモットーでさ」

「好きな時に、好きな場所へ……ゲイツさん、エリサさん」

赤みのさした頬でサヤに名を呼ばれた。格子窓の外は雨がしとしと音を滲ませている。

「雨は降り続くことでしょう。しばらくアオキ村に留まっていかれませんか」

「いやしかし今は移住の準備で忙しいでしょう」

「楽しませてもらったせめてものお礼です」

「こちらは食事を出してもらった、礼には及ばない。こちらこそ感謝している」

そう言って手をつき頭を下げた。ゲイツも続く。村人の見様見真似だが敬意を表す仕草なのは察している。数秒の後に顔を上げるとサヤは再び子どもらしからぬ微笑で待っていた。

「三日後に村で祭りをするのです。どうぞそれまで見て行かれてください」

柔和な物腰だ。本心による善意から生じるものであろう。たしかにアオキ村は滞在するに悪い場所ではなさそうだ。しかしエリサ達にはこの旅路で目指すべき場所があった。

「うーむ、どうしようかエリサ」

腕を組むゲイツだがおそらく返すべき答えは自分と同じだ、悩んでなどいないだろう。エリサはサヤの方を見る。

「ご厚意に感謝する。けれど雨脚の頃合いを見計らって」

「山が離しませんよ」

遮るように遠雷が鳴る。

「今日の雨は北西の風から来る暦移りの走り雨。雨水を食む山はお二人を簡単に通さないでしょう」

一瞬雷光でサヤに影がまとった。

「なんだって! じゃあ俺達は、雨に降られる前にアオキ村まで辿り着けて幸運だったんだ」

サヤは微笑む。言いかけた言葉をゲイツは途中ですり替えたとエリサには分かった。

「山の雨は一晩降れば明日には上がります。明朝山肌を見てお考えになるのが良策かと」

「……今夜の山越えは危険ですか」

「旅に命を懸けてなければ」

ゲイツは押し黙った。

「雨は恵み。天に人は抗えません。急いた旅でも雨がやむまでゆるりと逗留(とうりゅう)してゆかれてください」

天に人は抗えない。司祭者だけあろうか子どもの割に達観したことを言う。しかし現実これは山に暮らす民の言葉だ。下手に反故とせぬ方がよい。ゲイツに意思を示すと彼は自分と共に頭を垂れた。今宵は屋根の下で寝よう。

寝床には屋敷の離れにある庵を与えられた。夕餉(ゆうげ)の席でもう一度物語りをするよう頼まれるとゲイツが独りで快諾し、満足げな表情のサヤを奥の間に見送った。

「運が悪かったな」

サヤに続く少年が去り際に振り返った。名はカズマと言ったか、声には邪険な色がある。カズマは自分らに睥睨(へいげい)をやると長い上衣の裾をなびかせ、踵を返し吐き捨てた。

余所者(よそもの)め」

【前回の記事を読む】村の巫女が告げた悲しい現実「この地に移り住み二十年間。平和でした」

※本記事は、2022年2月刊行の書籍『雷音の機械兵』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。