二人の声が、行儀よく並んで動かない書架に当たって跳ね返り、本や頁の隙間に吸い込まれ消えていく。その時の話題はありふれたものだった。

「山と海どちらがいいか」

という、定番のものだ。何か不穏な単語が聞こえたかもしれないが、その原因は話の趣旨にある。私たちは「山と海、死ぬとしたらどちらがいいか」──そういうことを話していた。

「死」それは法や規則、倫理観を守って生活していれば普通は……それこそ事件や事故にでも遭わない限り触れることのない事象。命の終わり、という本来忌避すべきテーマだけれど……「訪れない未来」を想像するという意味でなら、将来の夢や叶わない願望を口にすることとそう違いはない。多感で、この先多くの未来がある思春期の学生にとっては、ありふれたテーマだと言えた。

「それはそうだけど……他の生き物に食べられるのは自然的に正しいよ。それに死んだ後に埋めてもらえば、土に分解されて山の植物の栄養にもなるわ」

「私が埋まった地面から花が咲いたら素敵じゃない?」

小首を傾げて微笑むさよちゃんに、

「ホラー小説の読み過ぎだよ」

私は書架から取り出した傷本を渡した。さよちゃんは小さく笑いながら

「ううん、これは推理小説を読んで思ったこと」

そう言って本を受け取る。去年は同じ高さにあった目が、今は私を見上げている。たった一年で私の身長は完全にさよちゃんを追い越していた。

「さよちゃんは本当に山贔屓だね」

「えー普通だよー。確かに山は好きだけどさ、普通」

「そう?昔から遊ぶって言うといつも山だったじゃん」

「昔って……小さい頃の話でしょ?」

「こういうのは小さい頃の話が全部なんだって。……ほら、覚えてない?山の中に秘密基地作ったり、落とし穴掘ったり……女子とは思えないほどアグレッシブに山で遊んでたじゃない」

遠い記憶に思いを馳せる。幼い頃の、あの衝撃的な出会いから数ヵ月後、引っ越して来たさよちゃんと私は、どちらともなく誘い合い、一緒に遊ぶようになっていた。驚いたのはその内容で、行儀が良くおとなしい……お嬢様然とした容姿とは裏腹に、彼女はとても活動的……崩した言い方をするならば「やんちゃ」だった。

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※本記事は、2022年7月刊行の書籍『百合墓荒らし』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。