「まあ、わかるだろうね、目立つのは間違いない」

「一階がブティックみたいになっていて、本当は何だか知りませんが……二階が喫茶店なんです。コーヒー、好きですか?そこのコーヒー、うまいんですよ」

「ええ、好きよ」

「じゃあ、騙されたと思って。もちろん、騙してなんかいませんけど。こっちから渋谷へ向かうと、たぶん、そこらへんで、ちょうど一息つきたくなるかな、と。ぼくもそうだったし……」

ズングリの声が聞きづらい。背後で人の声。大きい。叫んでる? チラッと振り返る。人だかり。何かトラブルか? 

「もっと駅に近づけば、喫茶店なんか、いくらでもありますけどね。そこ、タイニーっていう名前で、名前のとおり小さな店ですけど、コーヒーは、お薦めです、専門店なんで、何種類もあって、食べものは何にもありませんが、サイホンで淹れるんです、ホント、いいですよ」

「ありがとう」

ズングリは、わたしに好意をもったと智洋は感じた。背の低い女はノッポの好みではないみたいだけど……ズングリのタイプなんだろうな、胸もあるしワタシ。智洋は、ズングリに向かって微笑み、もういちど

「ありがとう」

と言ってみた。ノッポは軽く会釈をしただけだったが、ズングリは、ニコッと笑った。いかにも嬉しそうな顔だ。こいつ、けっこう女にモテる……。

和菓子店に入っていく二人を見送り、智洋は歩み出した。しばし軽くなった心は、しかし、すぐに重さを取り戻した。お金がない。ここが幸いにも二〇〇一年のままならば所持金ゼロでも何とかなるだろう。いや、ならないか、さすがに。公衆電話ひとつ架けられないし。横浜の実家は遠すぎるし。この近所に知り合いはいない。

しかし、一九七一年かどうかはともかくとして、もはや、二〇〇一年ではないことを疑う気にはなれなかった。信じたくはなかったが。とにもかくにも、ウチのマンションがないのだ。明らかな証拠。さっき見たとおり、ウチの周囲の景色、違っていた。で、高速道路がない。道路を走る自動車、詳しくない智洋にでも、いまどきの感じではないことくらい、わかる。

なんとなくだが。道を歩く女性たちのファッション。野暮ったい、というか、感覚として、いまふうではない。ほぼ全員、スカートはミニだ。それか、ジーンズ。だけど、裾の広がっているジーンズ。男性の格好にしても似たようなもので。みんな一様に髪が長い。短い人は、これがまた、なんというのか、きっちり七三に分けていて、わざとらしい、というか、妙に野暮ったい。

まあ、それほど大きな違いはないようには見えるのだが、やはり、なんとなく、いまではない。何かが違う。つまり、これも違和感。違和感を感じる……はいはい、生駒さん、違和感は覚えるもの、感じるものではない、ええ、言い間違えです。わたし、ちょっと混乱しているから。

【前回の記事を読む】1971年の渋谷「東大の入試が中止された…」ニュースの真相

※本記事は、2022年5月刊行の書籍『再会。またふたたびの……』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。