松本昭夫はクラスの学級委員長、沖中明子は副委員長。二人とも名実とも六年B組のリーダーだ。このクラスには二つのグループが存在していた。一つは学級委員長の松本がリーダーの実力派。もう一つは上田や鉄平達のその他大勢のグループ。松本のグループには当然人気の華岡もいた。

鉄平はどちらかといえば、どこのクラスにも必ず存在する大勢のエキストラの一人だ。勉強の成績も、運動もクラスの中ほどだった。

でもなぜか、クラスの女の子には不思議と人気があった。松本達は鉄平に幼い恋人を作って自分達のグループに入れようと考えたのだろうか。

河北南海子は、五年生に転校してきた本当に明るい活発な女の子だ。

今日、休んでいる恋人役指名の、華岡朋子はクラスで沖中明子と同じ位に、人気のある勉強も良く出来る、おしとやかな感じの女の子だ。

こうして二人の幼い恋人達は、強引に華岡朋子が好きでしょうと迫ってきたのだ。それは鉄平にとって、本当はすごく贅沢な選択だった。

今まで一度も男として感じたことも無いのに、女の子の事が好きだと告白することに、自分でも何が何だかわからなくなった。華岡が目の前に居ないのに、この状態に胸が熱く舞い上がった。

あまりに突然の状況に気持ちの整理ができないままに「うん、そうだよ、好きなのは華岡朋子さん」と返事をしてしまった。

鉄平は、華岡の事が最初から好きだったのかもしれない。だが断られるのが嫌だった。河北さんの方が明るく、あっさりと断られても、あまりダメージが無いと無意識に自分を擁護していたのかもしれないと思った。どちらにしても、やっぱり恥ずかしかった。松本達二人の顔を見ないで返事をした。

こうして、幼い恋人達二人によって、鉄平の初恋がつくられようとしていた。

この学級委員の二人は、学校の帰りに華岡朋子の家に、クラスを代表してお見舞いに行く。その時にプリント用紙でつくった恋文を渡す。ハートの形を作り中心に『相思相愛』と書いて両横に、滝沢鉄平と華岡朋子と名前を書き入れた。ハート型は鉄平がつくり『そうしそうあい』は松本が書いてくれた。

鉄平は今まで当然だが一度も書いた事もいった事も無い。テレビのドラマで恋人達が、話す場面で聞いたような気がしていた。

二人は納得したようだ。出来上がった恋文を沖中は、すかさず自分の鞄にしまった。この幼稚な一枚の恋文が、これから長い時間鉄平の心を支配していく恋心になるとは、この時は実感がわかなかった。

次の日、鉄平は学校へ行くのが、少し不安だった。

教室に入ると、華岡の姿を無意識に探した。今日も休んでいた。何か期待と不安が入り混ざり異性を意識している自分がいた。

これが男子として、異性を感じた初めての瞬間だ。よく幼稚園児達が、私達大きくなったら結婚するのといっているのとは、少し訳が違う。

あの日の帰りに学級委員の二人が、彼女の家に見舞いに行き、鉄平がつくった幼稚な恋文を渡す場面を想像した。

二日後、春がそこまでやって来ている様な朝だった。華岡が元気な顔を教室に見せた。授業が始まる前に彼女は、鉄平の姿を見つけると小走りで机の横まで来た。

両手を机の隅に乗せて、少し前かがみの姿勢になって、鉄平の顔を見ながら、周りには聞こえない小さな声で、

「おはよう滝沢君。お手紙ありがとう」

彼女は恥ずかしそうに朝の挨拶をした。

鉄平はうつむいたまま、「風邪が早く治ってよかったね」といった。

「うん、滝沢君の手紙を貰って元気になったの。手紙をね、枕の下に置いて寝たの」

恥じらいながらの微笑が特に可愛かった。

「そうなの。華岡さん有難う」

鉄平は心の中で恋文の返事だと思った。

華岡は、休む前より、明るいおしゃれな服装だった。

初恋の香りを、微かに残して自分の席に戻っていった。

きっと華岡も、この初恋の企てに酔わされてしまったのだ。

松本と沖中の二人は、まんまと、もう一組の幼稚なカップルをつくることに成功したのだ。

※本記事は、2019年11月刊行の書籍『爽快隔世遺伝』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。