誰かが、ドン氏は3拍子揃ったダンサーだと書いている。容姿、スタイル、実力のことだ。そういわれて改めて19歳の時の“ロミオ”を見ると確かに美青年だ。ドンのアルゼンチン時代の写真は少ないが、16歳前後の4枚のポートレートがある。りりしくて彫りが深い。ベジャールが一目惚れしたのも無理はない。確かにどの舞台のドンを見ても強烈に輝いている。

世界中を虜にしたドン、あの即物的、瞬間的、反射的に人を惹きつけるものは一体何か? そういえばニジンスキーもちょっと姿を現すだけで、しびれるほどの魅力があったそうだ。いろいろ読み、考えたうえでの私の結論は、完璧に美しすぎる姿態と、それを操る内面からあふれ出す表現力が、ドンの特異さの根源だということだ。

ドンのダンスに対する命の賭け方はどんなダンサーもまねることができない。4歳から16歳まで高校へも行かず、バレエレッスンをした。その才能と努力は随所でわかる。その肢体が完璧な美でなければそれほど惹かれないわけで、画家の金子國義氏によると、「カリスマ性を帯びた現代の美の象徴で、人々はその官能美にとりつかれるのだ」と。

16歳のドンを見て、一目惚れしたベジャールと、ひたむきに脇目もふらず、ベジャールを信じ学ぼうとしたドン。

入団から4年後、20歳で『ロミオとジュリエット』を踊り鮮烈なデビューを果たしたのち、『現在のためのミサ』『旅』『バクティ』『これが死か』と主演を踊った。1971年版『ニジンスキー 神の道化』では、ドンはバレエでニジンスキーを演じ、舞台の上で、ニジンスキーの生涯の一部を生きた。「この役に没入することによって現実に戻るまでに2年かかった」と「ドンとニジンスキー」に書かれている。

ドンはニジンスキーを研究した。戦争、苦悩、死に対するニジンスキーの絶望的な生の戦いを表すために、ドンは肉体と精神のすべてをとことん追求していたようだ。この1971年版『ニジンスキー 神の道化』はダンスファンの語りぐさになるほど感動的な作品らしい。

私は1990年版『ニジンスキー 神の道化』をNo.5まで見入ってしまった。ドンが演じるニジンスキーの迫力といったらない。ニジンスキーの苦悩を表現しきっている。『ボレロ』で世界中の人々を虜にしたドンが、ニジンスキーを演じて、舞踊史ばかりでなく演劇史に燦然たる名を刻んでいる。