すると残りの二人は一斉にダツだ! と叫び出した(実際には中国語のターだったようだが、私にはダツに聞こえた)。更になぜ文字の下に祭が付いているのかとの話題になると旨い酒の酔いも手伝って女性は既に仏間の重ね座布団の高座から崩れ落ちていて私は目のやり場に苦しんだ。

その内、女性はどうやら携帯電話で獺祭を撮り身内に送ったのかダツダツと言いながら興奮して喋り続けている。そして結婚式に撮ったと思われる写真を私に見せてくれたが写っている家族は王家(スルタン)の一族のようで今宵は大変なお姫様が来てくれたものだと驚愕したことがある。

土着のマレーシア人はイスラム系で政治を支配している。一方、貿易・商売のため移住してきた中国の華僑系マレーシア人は経済を牛耳っているが、最近は宗教を越えてその二つのルーツが婚姻によりミックスし始めているとのことであった。

居酒屋で世界の情勢を知ることもある。しかし、千夜一夜物語のペルシャと同じイスラムの国マレーシアのお姫様がここでようやく登場したが期待していた方にはこの程度で申し訳ない。

[写真]三茶の奥座敷

二 魚や次男坊

(一)避難民受け入れ先

東日本大震災にも耐えた「三茶の奥座敷」も崩壊が恐れられ、五階建てのビルに建て替えることになった。その最終日には五十年来の客が入れ代わり立ち代わり訪れて店は錯乱状態となっていた。

しかし、建て替えの間、五十年来通い詰めた常連客は私も含めて四散し、再開まで避難民のように路頭に迷い出ることになってしまったのである。そして、完成まで一年半と言われたその長さを聞いた我々は三々五々、止まり木探しに三茶界隈を徘徊するようになった。

特に狙い目はすずらん通りの左筋にあるラビリンス街であったが良い店がなかなか見つからない。たまに工事の進み具合を見ようとすずらん通りに舞い戻り小路を歩いていると、いつも素通りしていた「魚や」の看板を掲げた店に目が留まりふらりと飛び込んでみた。

店内はL字の長いカウンターに十二、三席程の椅子が並んでいて止まり木にはかなりの客が座っていた。気がつくと老若男女、皆カップルで座っているではないか。昔の同伴喫茶なるものを知っていた私は座るのが憚られて店長らしき人に(実際に店長であったが)それを言うと滅相も無い、お一人でもどうぞと一席作ってくれた。

※本記事は、2022年2月刊行の書籍『居酒屋 千夜一夜物語』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。