「市長たちが申し入れてきているのは、鹿児島港の本格的な増設工事にむけた資金負担の協議であります。知事には、しっかりと腰を据えて交渉いただかなければなりません。長時間の集中したやりとりになるとみております。なんせ、本県の足許の財政事情はご存じのとおりでありますから」

「もちろん、交渉はしっかりやる。そりゃ当然だ。で、奄美へ出向くといっても、たかだか数日の出張にすぎん。どこが具合が悪いのか?」

光三は釈然としない。総務部長には別に含んでいるものがあるとみえる。先を促す。

「知事。市長はですね、知事が重要な案件を先延ばしにされて、島へ旅行されるのを快く思わんのです」

「部長、何が言いたいんだ?」

なお訳が分からないままに苛ついてきた光三は、言葉がきつくなってしまう。総務部長は、光三に細い目を注ぎ、相変わらずの無表情で答える。

「あの市長は旧薩摩の有力藩士の家柄でありまして、大島郡に対する考え方に、いささか古いものがあります」

だから、どうだというのか。

「市長の意識からすると、大島地域の県行政は出先の大島支庁長にやらせておけばいい、知事が直に気配りされるには及ばないと。恐れながら、自分もそう思っております」

「ちょっと待て。村上市長が有力藩士の血をひいているかどうかは知らんが。奄美なんか昔の植民地なんだから、知事が出向いていくような地域じゃない。もしかして、そう言いたいのかね」

早口で言い返した光三は、自分が次第に激してくるのを感じ始めた。抑えなければと机の下でこぶしを握り締めながらも、語気が強くなってしまう。

「村上市長が島を上から目線で見ていて、本官の視察に文句があるっていうなら、それで結構だ。村上に忖度する必要なんぞない」

光三が吐き出すように言い放つと、総務部長は重ねて何か言いたげな様子をみせたものの、口を開かない。光三も相手から目を逸らす。総務部長は一呼吸おいて無言で立ち上がり、軽く頭を下げると顎を撫でながら退出していった。

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※本記事は、2022年7月刊行の書籍『ケンカ知事、南の島へ』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。