第六章 氷のトンネル

結里亜は、義父母に何か言われるのが怖く、怯えて生活する日が続いた。ある日、台所で食事の後片付けをしている時のことだ。後ろに人の気配を感じた。ためらい、振り返ると、そこに貫一が立っていた。

「結里亜たちが来てから水道料金が三倍になったよ、少し節約してもらわないと困るなあ」と意地悪そうに貫一が言う。

人数も増えたわけだし布のオムツも洗う。紙のオムツもあるのだが、結里亜は裁縫が好きなので可愛い布を買ってきて縫ったのだ。

「それは」と言いかけると、結里亜のことばをさえぎるように、「髪を洗う時、俺は洗面器に三杯のお湯で済むよ、もっと考えてお湯を使ってくれないと」と貫一が言う。

「冬になればお風呂を沸かすのは一日おきにしているから、そのつもりでいるように」と貫一は続けた。

最後にお風呂に入るのはつらかった。節約してお湯を使っているためか、結里亜が湯船に浸かる頃は、決してきれいとは言えなかった。湯船のお湯を増やしたかったが何か言われるのが怖くてそのまま入るしかなかった。

たまに澄子が自分のごはん茶碗とみそ汁のお椀を洗うことがあったが、水の節約をしているのか洗い方が雑なのか茶碗に食べ物のかすが付いている。気になり黙って洗い直す。光熱費や食費などは話し合いで支払い分を決めればいいと思ったが、電気代とガス代は貫一の口座から引き落としとなった。

そして貫一と澄子の食費として一カ月に二万円を渡された。

「俺は脂っこいものを食べると湿疹が出るので、卵焼きも油を使わないで焼いて」と貫一が言う。

筑前煮や、切り干し大根、ひじきの煮物などの和食や脂身の少ない肉や魚を使って料理をした。

こだわって作るカレーには自信があったが、「俺はカレーがあまり好きではない」と貫一が言う。

また、大きいサンマがスーパーに並んでいたので買ってきて焼くと「サンマは好きではない」と貫一に言われる。

味付けにケチャップを使うと「私はケチャップが嫌いだから」と澄子ははっきり言う。

「じゃあ、自分で作ればいいでしょ、私は、お手伝いさんではない、それに料理がテーブルに並ぶのはあたりまえではない、作る人がいるから食べられるのだ」と結里亜は心の中で叫んだ。

結里亜は独身の頃から器にこだわり、有田焼、越前焼、備前焼と窯元にも足を運んだ。また、百貨店で気に入った洋食器があると買って帰ることが多かった。器や盛り付けでお料理が引き立つのではないかとも思っていた。忍に似たのかもしれない。だが、その器を食器棚に並べることは当分の間なかった。