子猫とボール

消えた一億円

「これは山本さんのパソコンに残っていた遺書ですか?」

育代は分からないと言った。生前夫が使っていたパソコンは警察に持って行かれ、その後返してもらっていない。

「この遺書は返された時、ビニール袋に入っていましたか?」

彼女はうなずいて、

「ええ、ビニール袋に入れて、警察の方でコピーを取ったので返しますとのことでした」

「警察はこの遺書の指紋について調べたと言っていましたか?」

彼女は再び首を振り何も聞いていないと言った。彼女は小机の引き出しから夫がいつも持っていたという黒革の手帳を引っ張り出して松野に見せた。そこには几帳面な字で日々の仕事の段取りなどが記され、それに対する簡単なコメントが付いていた。だがこの手帳にも家族への別れの言葉は記されていない。

「ここには何も書いてありませんけれど実はあの人は亡くなる二、三日前に私に気になることを漏らしたんです。自分はどうなってもいい、正しいと思ったことをするって……」

「具体的に説明はなかった?」

育代は首を振った。

「はっきりとは……でも健康保険組合に保険のレセプトによく分からない点があるから説明が欲しいと言われたらしいです。カルテに記載してある投薬の件で詳しく聞きたいことがあると言ってきている。でも向こうから言ってくるまでもなく、主人は自分で健康保険団体連合会に行く積もりをしていて予約も取っていたんです」

「その予約は亡くなる日の前か、それとも後だったんですか?」

「予約は亡くなった日の翌日でした。メモにも残っています」

松野はメモを見せてもらった。確かに“保険組合・三月十六日、午後一時”と走り書きがある。