十二

生家へと向かう一両編成のローカル列車は、どこまでも続く緑の波打つ田園地帯を、猛スピードで疾駆する。車内は冷房も効いていない。あちこちで窓を開けているので、田園からの渦巻く風がふきこみ、ゴウゴウと音をたて、ますます修作の気持ちを不安にさせた

車内は蒸れた熱空間に、ポツリポツリ空席だらけの座席に人が座り、修作の内情など何も知らずに揺られていた。そんな車内の匂いに、なぜだかわからないが、エロティシズムを感じていた。不謹慎にも、お前は、チチキトクの紙片を握りしめながら、最低のクズ野郎だ、ともう一人の修作が戒める。危機的状況に直面して、種を保存したい欲求にでもかられたか……。

駅前でタクシーに乗り換え、生家へと向かう。後部座席に深く背をもたげ、待っていてはくれないだろう、とひとりごちた。修作にはチチキトクから持ち直している映像は浮かんでこない。デジタル時計は停止したままだ。

生家に着くと、ちょうど実妹が修作を避けるかのように飼い犬のロープを握り、散歩へと出るところだった。一瞬目が合った。実妹の目色はまるで恨むような怒りを秘めた目をして、急ぎ足で忌避するように、遠ざかっていく。

運転手に金を渡し、敷地内に入ると、家中は人であふれていた。おずおずとあがると、奥の部屋で父は白装束に身を包み、鼻には綿が詰められた姿で、横たわっていた。そこだけがひんやりとしてシンとしていた。それを見た途端崩れるようにひざまずいたと思う間に、人目をはばからずにあとからあとから涙があふれてきて、嗚咽をとどめようがなかった。

どこかから男が人前で泣くんじゃない、みっともない、と父の声が聞こえてきた気がした。父親の苦痛から解放されたやすらかな表情が、修作の胸を何よりしめつけてきた。修作は自分の罪深さをそこに見ていた。父親を死なせたのは自分だという思念が根付いたのはそのやすらかな顔を見た瞬間だったと。

 

【前回の記事を読む】東京という巨大な街の渦へーアカデミーへも美術の世界へも飛翔できない現実を抱えて