何かおかしい

「どうも最近お腹の調子が悪くて」

診察室に入ってきた女性は挨拶に続いて、私の

「どうですか調子は?」

といういつもの問いに答えて言った。表情は硬くない。

「どんなふうにですか?」

「今までこんなことはなかったのですが、最近便秘がちで時々吐き気がして、もどすこともあるんです」

「もどす」という言葉に引っかかりを感じる。

「大便の様子はどうですか、細いですか、量はどうですか、ガスはどうです?」

私はこのような場合の決まった問いかけをした。

「時々ほんの少しのやわらかい細い便が出ますが、気持ちよくは出ません。ガスもほとんど出ませんね」

彼女はそれまでも時々仕事が忙しくなると、腹部の異常を訴えることがあり、今回もまず精神的なものを疑った。

「じゃあ、ベッドに横になってください。そうそう(ひざ)は立ててお腹を出してくださいね」

私は立ち上がり、ベッドに歩み寄った。彼女の腹部は全体に膨隆(ぼうりゅう)し、触診してみると左下腹部に圧痛が認められ、聴診ではグル音は弱々しく聞こえた。どこからか「何か違う」という声が聞こえたような気がした。

通常の便秘ではまずレントゲンは撮らないが、この時はなぜか撮る必要があると感じて私は言った。

「多分、便秘だと思いますが、どのくらい溜まっているかレントゲンで見てみましょうか」

彼女は素直に頷き、レントゲン室に向かった。レントゲン写真では大腸全体に便が溜まっているが、(ちょう)閉塞(へいそく)を疑うようなガス像は見られなかった。単純に考えれば便秘の所見だった。しかし、「何かおかしい」という声がまた聞こえたような気がした。

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※本記事は、2021年11月刊行の書籍『Passengers 過ぎ去りし人たちへのレクイエム』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。