11月21日(土)

姉のこと

私には二人の姉がいる。次姉にボケがきたようだ、と聞いたのは、去年の夏であった。私より一回り上の午年であるから、85になっている。

私たち夫婦は今年の2月に姉を訪ねた。施設と自宅を定期的に行き来しており、その日は自宅にいた。付近に住む子供たちも全員集まってきた。姉は、優しく優しく惚けている、という感じであった。

表情は穏やかだった。私が誰であるかを正確に認識できていないようであった。「よう勉強せなあかんでよ」(よく勉強しなければいけませんよ)と言った。私が中学生になっていた。

姉ちゃんはみんなに可愛がられた、と私は言った。姉はそれにうなずき、なぜ私がみんなに可愛がられたか分かる? と私に逆質問し、私の言葉を待たず自分で答えた。

「それは私が素直だったけんじょ」

それはその通りであった。姉は色々としゃべった。饒舌だった。しゃべることの一つ一つは変でなかったが、全体のつながりが外れていた。

「みんなが私をボケとる言うとることを、私はちゃんと知っとるでよ」とも言った。私は姉にボケは来ていると思ったが、さほど辛くはなかった。それは姉自体がにこにこしており、義兄や子供たちも余裕ある顔で姉を見ているからであった。

私が姉の頭をさすると、もっとさすって、と言った。私は頬も首筋も背中もさすった。姉は嬉しそうだった。猫みたいだと思った。

私たちが帰ろうとすると、姉は見送りに立ち上がろうとした。私が抱いて起こすと、それも非常に喜んだ。それが今年の2月である。

その後、長姉や嫂、姪との電話話の中で、姉が良くなっている、(ボケが消えている)、と聞いた。一昨日の兄の葬儀の場で、私はそれを確認した。私は兄の骨を拾わずに、火葬場で兄の棺が炉に入るのを見届けた段階でみんなに帰ることを告げた。

そのとき次姉は、「良子ちゃんは、おまはん(お前)が側にいることが一番心強いんやから、早う帰ってあげなはれ。死んだ人は死んだ人。生きている者が大事でよ。良子ちゃんに、気持ちをしっかり持ってがんばるよう言うてな。良子ちゃんを大事にしてあげて。おまはんも体を大切にな」

「姉ちゃん、完全にボケは直ったなあ!」

姉は笑った。

「ボクあ、嬉しいよ」

私はキツネにつままれた気分だった。本当に驚いた。半年だけボケる、ということが、あるのだろうか? 

いずれにせよ、現実に、ある。姉は蘇生している。何がこのような奇跡を起こしたのか。義兄をはじめとする、家族の愛情、優しさ以外に、あり得ない。

侘助が次々に花をつけ始めた。春まで、花期の長い椿である。良子がこよなく愛している。

※本記事は、2019年3月刊行の書籍『良子という女』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。