戻ると三人はまだ車中にいた。多門は老婆とともに後部座席に座り、しきりにメモを取っている。巡査は半身になって助手席から後部座席を覗き込んでいる。

左沢は、周平の生家を見てみることにして、県道から宅地に延びた取り付け路をのぼった。入り口にはブロックを積んだ門柱があるが、門扉は取り付けられていなかった。門を入って左側のスペースは駐車用にあてられていたらしく、いくつものタイヤ痕が付いている。

庭は丈の短い草が一面に生え、庭木の飛び枝は無様に伸びている。しかし、季節ごとに人の手が入っていたようで、枯れた草の山が庭の隅にできていた。まだ青い色を残した草も上に乗っている。家の裏側に回ってみた。裏口には南京錠がかけられていたが、そこの踏み石には靴跡らしいものがあり、最近、人の出入りがあったことを窺わせた。

表に戻ると、庭先に多門の後ろ姿があった。そばに立つと、帰っていく老婆と巡査が見えた。来たときと同じように、老婆は杖代わりの手押し車を押し、その後ろを巡査が原付バイクを手押ししながら付き添っている。

「東日本原発の原子力発電所ですよ。福島第一原発、イチエフ(1F)です。東日本原発の社内呼称ですが、土地の者もそれに(なら)ってみんなイチエフと呼んでいます。ちなみに、こっから十キロほど南下したところにある福島第二原発はニエフ(2F)と呼ばれています」

多門の不意の声に、左沢は慌てて彼の目線の先を追った。前方の丘のさらに向こうに、真っ白に塗られた四本の煙突らしきものが見えた。あとで知ったことだが、煙突ではなく排気塔だという。確かに原子力発電所なのだから煙突は不要だ。

「ここらあたりは、福島のチベットと呼ばれるくらい貧しいところでしたが、イチエフさできて豊かになりました。周平さんも、周平さんのお父さんもあそこさ働いていたんです」

多門は老婆から聞いた話を訥々(とつとつ)と語りだした。強かった東北なまりが引っこんで、いつの間にか標準語に近い口ぶりになっていた。

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※本記事は、2022年2月刊行の書籍『団塊へのレクイエム』(幻冬舎メディアコンサルティング)より一部を抜粋し、再編集したものです。