【前回の記事を読む】「手術するんだー!」この気持ちを代弁してくれる言葉は、きっと教科書には載っていない…

2章 普通になりたい

冬休みが明けてすぐ、入院のために学校を休むことになった。

「姫花ちゃんは手術を受けるので、明日からしばらくお休みです」

担任の先生の言葉と一緒に、クラスのみんなに軽く挨拶をする。みんなは真剣な顔で私を見たけれど、話し終わるとすぐに教室の雰囲気は柔らかく崩れた。私の手術よりも、そのほかの何かの方が大事そうだった。さらに気が軽くなって、手術が小さいことに感じる。

入院する日の朝、まず神社でお参りをして、親戚の家に挨拶をしてから、のんびり病院へ向かう。車の中ではクラシックピアノが小さい音で流れていて、私と母を忙しない社会から切り離していく。私はこれから手術を受けるのだと、直前になってやっと感じる。病院内の廊下から小児病棟へのたった1枚の扉を通ると、私は入院患者になった。ホテルに泊まっているような気分になるカラフルな病棟には、忙しい朝も、宿題が終わるまでゲームを我慢する必要もない。面会の時間が終わって母が帰ると、夜はこんなに長かったっけと不思議な感覚になる。

手術当日は、5時に目が覚めた。お気に入りの、現実と同じ時間が流れているゲームは、お店も住民も寝静まっていて、つまらない。カセットを変えて、一人で黙々と早朝を過ごしていると、7時に母と父が来た。

「いってらっしゃい」

「いってきます」

8時頃にお迎えがきて、私は麻酔に眠った。8時間の手術は、夕方に終わったらしい。そのままICUに移動になって、夜に目が覚めた。夢を見た。どこかの道の、真ん中に立っている。道は明るいところへ続いていて、私の足は引き寄せられるように動いた。

「……」

母に、名前を呼ばれた気がして振り返る。ずっと離れたところに、けれどはっきりと母の姿が見えて、私は歩く方向を切り替える。母の方へ。目を開けると、天井が私を睨んでいた。顔がある。目と口のように見える、とかではなくて、明らかに悪意がありそうに私を見ている。ICUを見渡すと、看護師さんのような後ろ姿があった。けれど目を凝らしてみても、マスコットか何かが揺れているようにしか見えない。

「かんごしさん」

と呟いてみると、その人は動いた。どうやら、幻覚が見えているみたいだ。

「のど、かわいた」

そう言うと、看護師さんは水をほんの少しだけ飲ませてくれたけれど、喉を潤すには全然足りない。

「もうちょっと飲みたい」

「今日は50ccしか飲めないから、そんなにあげられないんだ」

水分制限、というものがあるらしい。看護師さんに言われて初めて知った。