梅澤は、上級の医師や呼吸器の専門家に相談しながら必死になって治療した。ステロイド剤を増量し、免疫抑制剤を加し、大量ステロイドパルス点滴も行った。しかし、間質性肺炎の進行は一向に治まる気配がなく、必要な酸素量が、2ℓ、3ℓ、5ℓ、10ℓと日増しに増加していった。

患者は苦しくて会話も出来ず、頻繁に出る咳と咳の間に、必死で空気を吸おうとした。

「先生、苦しい……助けて……」

何度も梅澤の白衣を掴み懇願した。本来なら何の苦労もなく空気が吸えるのに、目の前の患者はこんなにも苦しんでいる。

梅澤は、患者が楽に呼吸ができる方法はないか必死で探した。少しでも多くの酸素が吸えるように、経鼻チューブを酸素マスクに変えた。それでも、幾ら酸素濃度を上げても肺が壊されているので空気中の酸素が血液中に入って行かない。

苦しくて呼吸が浅くなり呼吸回数のみが増えてしまう。そのために、血液中の二酸化炭素が過剰に排出され、低二酸化炭素血症になって意識レベルが低下してしまう。それを予防するために、患者がはきだした二酸化炭素をもう一度吸えるようにと、蛇腹のチューブを加工してTチューブを作ってみた。現在はリザーバーという袋状装置が開発されている。

どんな治療をしても間質性肺炎は進行していった。酸素吸入を増やしても患者の苦しみは増す一方である。自発呼吸に頼っていては、病気を治すまで患者が持たないのは目に見えていた。睡眠薬や麻酔で眠らせて患者の苦痛を和らげてあげたいが、意識レベルを下げるとそのまま呼吸停止を起こす危険がある。

人工呼吸器で高濃度の酸素を送り込むしか、患者を救う方法はないと思った。そのためには、気管内挿管をしなければならない。

しかし、研修医になってまだ三カ月しか経っていない梅澤には、気管内挿管の経験がなかった。医療手技の図解マニュアル本を何度も読んで、頭では挿管の方法や細かい注意まで理解していたが、実際にやったことがない。一人で行うのは危険だと判断して、麻酔科に連絡し介助をお願いした。当直の麻酔科医は快く引き受けてくれた。挿管を行う準備をして麻酔科医の到着を待った。

梅澤は、目の前で苦しんでいる患者の耳元に顔を寄せて、

「病気が治るまで、呼吸を楽にするために人工呼吸器の力を借りましょう。そのために、今から喉に管を通さなければなりません。その後で、人工呼吸器につないで空気を送り込みます。その後には、眠れるように麻酔の注射をしますから、苦しくないですよ」

と必死に説明した。患者は、苦しい息のもとで、目を開けずに、うんうんと頷くように顔を上下させた。

【前回の記事を読む】【小説】患者のためにギターを弾く医者。いつものように病室に向かうと…