時々来る幸せ

窓の先で何か動いた気がして顔を上げると、池の横に咲く黄色い花の一片が、空にふわりと舞い上がった。よく見ると花びらではなく、小さな蝶だった。りょうがいて、その蝶を目で追っている。それから痩せた身体を腰からくの字に曲げて、池の周りに落ちた木の葉を集め始めた。

子供を生んだことのない腰が細い。大きな麦わら帽子がりょうの身体の動きに合わせて小刻みに揺れた。あの帽子のつばが首筋を上手く覆うのが気に入っていて、少しほつれたりすると丁寧に直す。りょうは物持ちがいい。帽子は軽井沢の駅前で久が選んだとりょうは言うが、全く覚えていない。同じ時間を共有しても、見ているものは呆れるほど違う。

「おい、掃除に逃げるな」

「逃げてません」

りょうが怒鳴り返して、戻って行く。その後を追うように二匹の蝶が絡み合い、またりょうが立ち止まり、蝶に目をやった。久と行く散歩以外は特に運動はしていないようだが、あれだけ精魂込めて拭き掃除や庭掃除をすれば、結構な運動量になるだろう。心臓が弱いとは思えない。

風が吹いたのか、りょうが今掃いたあたりの池に、何枚かの葉が落ちた。

「自分の仕事が上手くいかないから、人のアラ探しするなんて、定番過ぎますよ」

作業着を脱いで、ズボンに手作りの草木染めのエプロンをつけたりょうが入って来て、紅茶を机に置いた。

「ありがとう」

「本当にあなたは、きちんと育てられたんだわねえ」

「しつけなんて、ろくにされた記憶はないが」

「されてます、お礼を言うもの」

「そう言えば、君は言わないな」

「言いますよ。あなたが何かしてくれたことがないから、お礼も言えないんです」

笑うと皺が目の周りに寄る。二つ下だから、皺があって当たり前か。

「いい香りがするでしょ、ブレンドしてみたんです。ダージリンとアッサム。お昼に合うんです」

「確かに変わった味だ」

「聞く相手を間違えました」

とまた、目の周りに皺を寄せて笑い、彫りの浅い小さい顔が、りょうが作る絵本の挿絵の女の子のようになる。