子猫とボール

消えた一億円

「……と言うと?」

「患者の中に入院費を踏み倒して逃げる人たちがかなりの割合でいることです。その人たちの家に行ってお金を払ってもらうのがあの人の仕事でした」

「でもそんなことをしたら患者本人の体の具合が悪くなった時に困るんじゃないですか? 世話になっていた病院に駆け込めなくなる」

彼女は首を横に振って言った。

「どういう事情で入院費が払えないのかは私には分かりません。病気のせいで失業して困っていたのかどうか……」

「他に問題はありましたか?」

「経理の仕事自体は経理課員がやるのでそれを監督して最後の締めをきちんとすればいいんですが、あれは勤め出して三年経った頃からでしたか、様子が変わってきました。夫がパソコンに強いことが分かって、いろんな余分の業務をやらされるようになりました。調子の悪いパソコンの修繕を頼まれたり、電子カルテのウイルス対策をチェックしたり、その他いろいろ残業が増え、それが月末ともなると土日も出勤になりました」

「病院は電子カルテを採用していた?」

「ええ、主人が就職した時には既に電子カルテになっていました。主人は仕事のことは家では話しませんでしたから電子カルテやパソコンのことも夫が亡くなってから自分で調査して初めて知ったんです。あの人はパソコンに強かったことが災いしてカルテの改ざんの張本人にされたんです。でもそんなはずはありません」

彼女は首を振って続けた。

「主人は亡くなる前から過労気味で疲れていました。主人が勤めている病院のやっていることがおかしいと言い出したのはその頃からです。何だか浮かない顔をして悩んでいる様子でした。亡くなる前の半年位はふさぎ込んでいて、仕事を辞めたいと漏らすようになりました。ある時言いましたわ。『自分は気が進まないのに不正の片棒担ぎをさせられている。こんなことがいつまでも続けられるはずはない』って」

「……と言うことは、ご主人は自分で不正をしたのではなく、それに加担させられていた?」

「でも警察の見方は違っていました。美濃薬品という実際に病院と取引のあった薬品卸会社の領収印を夫がどこかの印章を扱う店に偽造させて、それを使って実際には使っていない薬を大量に使ったかのように領収書をでっち上げて、水増し請求して不正を働いたと言うんです。夫が単独で不正をしたというのが警察の取り調べの結果でした」