打ち上げはなかなか終わらなかった。グループ展が名残惜しくて終われないのか、学生たちの仲間意識の結果なのかはわからないけれど、早く抜け出したい気持ちでいながら、消えていなくなることができずに、彼らのされるままに、銀座の画廊を出て、新宿の居酒屋まで、ずるずると付き合ってしまい、心がはやる。焦る。

帰省しなければならない以前に、今後の身の振り方の答えが出せていない。帰りたくない、でも帰らなければならない、それには親を納得させるだけの答え、つまりは外に出ているのを、家に戻り、近場で就職先を新たに見つけて、家を守っていく、という決心が必要なのだ…………堂々巡りの中で溺れかけていた。

修作は酒に弱くひとり気分が悪くなり、公園へと流れてきた集団から外れて、木の根元に座り、ひざを抱えていた。彼らは芝生に車座になり、来客からの頂き物の酒を回し飲みしながら、まだ騒いでいる。どれぐらいたったか、何の気なしに顔を上げ、いったい何時になるんだ、と腕時計を見た。その瞬間、デジタル表示が彼が時計を見るのを待っていたかのように、めちゃくちゃに数字を変え、やがて、パタリと何も表示しなくなった。

嫌な予感が躰の中を走り貫いた。何かが符合した。瞬間的に生家のことを思った。すでにもうとっくに約束を破っていた。

朝になり、何やら騒がしい。どうやら芝生に寝ている間に、盗みにあったらしい。皆が盗まれた、サイフがない、オレもない、あたしもない、と口々に叫んでいる。盗難届を出しに行こうぜ、と息巻くものもいて、それがさらに解散を遅らせた。

一日遅れたが、いや半日だ、今日こそ帰らねばならない。幸にも木の根元によりかかったまま、芝生では眠らなかったので、修作は被害に遭わずに済んだ。しかしほとんど寝た記憶がないのに、彼らに迫る盗人に気づかない。人数が多いので、学生だらけの集団に、眠れずにときおり動く人物がいたとしても、それが盗人か学生かの見分けなど、つくはずもなかったのかもしれない。いずれにしても自分は被害に遭わずにほっとした気持ちとはうらはらに、彼らの騒ぎ回るのを見れば見るほど、心のなかは乱れるばかりだった。

父の最終通告を破ったことは、何か修作たち家族の破綻を予感させた。いや、まだ間に合う。急ぐんだ。デジタル時計は止まってしまったけれど、まだ父は生きているのだ。時計は唯一修作に父がプレゼントしてくれたものだった。解散したのはもう昼を過ぎていた。

新宿駅でそれぞれがそれぞれの方向に向かって散っていった。まだ画家の卵にしかすぎない若い者らの無垢な焦熱の発露は、終わりを迎えれば、せつないような哀しみが、誰彼のなかにも漂いながら、それぞれの人生に向かって歩きだす。焦りや不安や何者かになりうるだろうかといった野心も、東京という巨大な街の渦に呑み込まれていくようだ。

ただ修作だけがグループ展の終わりはすなわちそれすらも抱きようもない彼らとはまるきり真逆な道、いわば短い夏の終点に進みださなければならないことに、意識も躰もこわばってくるのだった。すでに散り散りに解散しているのに、その場から動くこともできずに、アカデミーへも美術の世界へも飛翔できない現実が、人いきれのなかで、足元に鬱積した屈託となりうずくまっているのだった。

別れ際に、またな、という言葉は沢辺からはなかった。

それきり何十年と、沢辺に会うことはなかった。

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※本記事は、2022年8月刊行の書籍『 ノスタルジア』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。