試合開始前、後攻の銚子商ナインはシートノックを終え、斎藤監督は先攻の作新学院のシートノックを見ながら、視線はその奥で投球練習をしていた怪物に向いていた。

怪物の投げるボールは、うなりを上げて、キャッチャーミットに「ぶつかって」いく。その球筋は、もはや高校生のレベルを超えていた。

しかし、銚子商ナインは、初戦で岡山東商を延長の末、下している事もあり、ある種の勢いもあった。斎藤監督は、「細かいことをやっても強敵は倒せない。強気でいけ!」とメンバーに檄を飛ばしていた。

またメンバーのほとんどが昨年の秋季大会、斎藤監督が怪物を「ターゲット」にして組んだダブルヘッダーの練習試合、春季大会で、江川投手と対戦をした選手であり大投手との対戦は初めてではないという経験値こそが、江川を攻略する上での最大の武器だった。

大舞台でリベンジといっても、どちらかが地方大会で脱落すれば、その夢はかなわない。しかし、秋季大会、練習試合、そして、全国の甲子園、こんなめぐりあわせの運命など他にはないだろう。だからこそ、怪物に負け続けたメンバーはどうしても勝ちたかった。それは、名将も同じだった。

その怪物と、秋季関東大会、練習試合と、ほぼすべての作新戦で投げ合ってきた土屋も、特別な思いがあった。怪物は土屋の1年先輩。全国を賑わした後世に名を残すであろう大投手と甲子園という大舞台で投げ合うことができるのは、ひとえに銚子商という強豪校にいたという事実の賜物である。

その土屋も後に「勝てるなんて思ってもみてない。どうやったら負けないでいるか。18回を投げ切るつもりでいた」と話す。主審の手が上がり「集合!」の掛け声とともに、作新ナインが、銚子商ナインが整列する。

こうして、世紀の名勝負とされた、「昭和の怪物」と「黒潮打線」との最後の夏が始まった。

※本記事は、2022年7月刊行の書籍『怪物退治の夏』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。