ステージ3 「面白い」と肩を並べる「わかりやすい」

3-2 ちょうど良いルールを探す

日常で、「約束」が曖昧になる例
~親御さんがその場でつくられた「ルール」~

親御さんがお子さんを連れて病院に行きました。待っている間、お子さんは退屈で徐々にうるさくし始めました。親御さんはまわりの目が気になるので、お子さんを静かにさせたいと考えます。

そこで親御さんは「いま、ここ(病院)で静かにしてくれたら、お昼ごはんにあなたの大好物のハンバーグを食べに行きましょう」と、「約束」しました。それを聞いたお子さんは頑張って静かにしました。

病院での用事が終わり、お子さんは「約束」を守ったので、親御さんはハンバーグを食べるためレストランへ向かいました。ところがタイミングが悪く、ちょうどお昼ご飯の時間帯で、店の前には順番待ちのお客さんが多数並んでいました。

30分は待ちそうです。親御さんは早々に諦め、「またにしましょう」とお子さんに言って、お昼ご飯の外食をやめてしまいました。お子さんは泣いて激しく抗議し、しばらく親子で揉めました。

「これは何の話?」と思われたかもしれませんが、親御さんが提示した「〜してくれたら〜する」という箇所が、「約束」であり「ルール」になります。

「ルール」はつくられた以上、やる側・やってもらう側どちらもが順守する必要がありますが、曖昧に設定すると守った・守らなかったも曖昧になります。例では、その場でつくられた「約束」なので曖昧になりがちなケースですが、「ルール」としておかしな点はどこでしょう?

明確におかしい箇所は、お子さんは「静かにしていた」のに「ハンバーグを食べられなかった」点です。

レストランに行こうとしたのだし、混んでいたのだから仕方がないじゃないか、という話は「ルール」だけで言えば認められません。「ルール」で提示されたのは「ハンバーグを食べる」であり、「レストランに行こう」ではありません。

事情を考えれば言い過ぎかもしれませんが、「約束」とは本来このくらいのことを言っていると認識する必要があります。もし「ルール」を軽く考えていたのであれば、認識を改めないといけません。「ルール」が曖昧で不安定になると、先に説明した「自分が悪い」とはならないので親御さんへの不信感が増えていくだけになります。

では、先ほどの「ハンバーグ」のケースではどうすればいいのか。解決方法はいろいろ考えられますが、「ルール」を付け足してみるではどうでしょう?

最初からすべての展開を見こした、きちんとしたルールを決めることは難しいので、納得ができる付け足しを組み込んだほうが「ルール」として受け入れやすくなります。野球でもサッカーでも、それぞれの歴史のなかで追加された「ルール」は数多くあります。

ですので、「またにしましょう」で外食をやめる前に、混んでいる店に入るかどうかの「選択」をさせたり、ハンバーグ以外の「提案」をしたり、並んでいることが想定外で待つことができないことを「説明」する等、「ルール」へのフォローや付け足しはいろいろ考えられます。

どちらにせよ「仕方ないでしょ」の一言でかたずけようとせず、「ルール」を正しく設定しようと思うことが、お子さんへの不信感を減らしていくと考えます。

もちろん、追加された「ルール」の内容自体がまた納得できないものだったり、付け足しが延々と続くようになってしまえば、再び面倒や不信感へつながっていくだけです。ここはやはり「シンプル」かつ「具体的」に提示することは意識するべきです。

「ルール」があることで迷いや混乱がなくなり「わかりやすい」につながることは、ゲームそのものだけでなくゲーム制作時でも同様に「ルール」を大事にしていることからも言えます。

というのは、ゲーム制作のなかでチームをまとめるディレクターやリーダーに判断が求められた場合、各個人の見解よりも制作上で掲げている「ルール」や「コンセプト」で判断することが多いからです。

個人での「良い」「悪い」の判断に頼り続けると、常に冷静であることが難しくなり「好き」「嫌い」になったり、なぜその判断になったのかがわかりにくくなってきます。

「ルール」を設けることで判断する基準を統一し、各位が考えたり判断できるようになることで、良い「ルール」から「自分が悪い」につながっていきます。そのため「コンセプト」や「ルール」は、責任あるディレクターが決めることが多くなります。

ここで、「ルール」について、少し踏み込んだ話もしておきます。

ゲーム内で良いとされる「ルール」は、「面白い」「わかりやすい」につながるものだと考えられますが、プレイヤーが「ルール」の枠のなかで自由にできるのも良い「ルール」です。

ゲームでの遊びが破綻しないという前提にはなりますが、「ルール」のなかで「うまくやった」と感じられる行動は、手応えや体感に大きな影響を与えるので、むしろ歓迎してくれます。

いままでいろいろな層の方々にプレイしてもらい、その様子を見てきましたが、どのプレイヤーも自身で何かを発見し、自由に試したり、やりくりしながら進めているほうが「面白い」につながっているようでした。「ルール」は束縛や不自由にさせることが目的なのではなく、制限のなかでできる選択や自由があることが重要になります。

制限というと束縛のイメージがありますが、制限があったほうが安心して脱線ができるので、より自由に動きます。

「お小遣いの額は制限するが使い方は不問」や「勉強のノルマは与えるが終わった後は干渉しない」などで考えられるように、「やってほしい」を有効にするのが「ルール」であるなら、やりたいことを自由に決められることもまた「ルール」次第なのです。

まずは無理に広げず必要な箇所から設定すると、お子さん親御さん双方で「わかりやすい」でしょう。最初の設定が間違ったら修正すればいいだけですし、「ルール」が親御さんとお子さんの上に立つことで互いの話ができ、先に進みやすくなると思います。

ポイントまとめ

明確な「ルール」は、束縛や不自由をつくるためではなく、「やってほしい」ことを「わかりやすい」に近づけるための手段として考えます。

良い「ルール」になれば、枠のなかでの選択や自由に行動することができるので、自らの失敗を「自分のせい」と考えるようになります。

「ルール」の設定には手間がかかりますがお子さんだけでなく親御さんの上に立つと、話が「シンプル」かつ「具体的」になるので、できそうなところから設定してみましょう。

※本記事は、2020年4月刊行の書籍『ゲームは子育てを助けられる ゲーム制作から考える子育て攻略本』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。