前編

宿も決まったし、一息ついたのか弘はポツポツ話し始めた。すずのことは気になったが努めて正直に語った。途中からおばさんは前掛けを目に当てて聞いている。見れば皺は多いものの自分たちとさほど歳は変わらないと感じた。いつの間にか主人もおばさんの横で茶を飲みながら聞いている。

『ボーッボーッ』と海の方から汽笛が聞こえた。港はまだ眠っていないのだ。

「そうかえ、そうかえ……私たちの息子も十九の歳に釜山(ぷさん)橋頭堡(きょうとうほ)の戦いに駆り出されたのよ。八月の暑い日だった。あなたの息子さんも一緒だったのじゃないかい? それから一気にソウルを目指したらしい。途中のテグから葉書が届いたよ。『かあちゃん、ソウル奪還はもうすぐだ。金日成をブチ殺して早く帰ってメシ食いたいよ』だって。あの子らしいじゃないか。

そこで帰っときゃ良かったのに。中国が介入してきて『仁川上陸作戦』は激しい戦いになったのさ。そん時息子は死んじまったよ。国の為とは言え親はたまったもんじゃないよ、まったく。日本も大戦後は大変だったんだろうねぇ」

「そうですか。息子さんは戦争で……」

弘の通訳で理解したすずは目に涙を浮かべ、同じ母親として共通の悲しみを覚えた。どこの国も悲しみをこらえて生きている人々は沢山いる。挫けちゃいけないんだと思った。

「私ね、朴ヒョナ。主人はホンギという名前だよ。なんだか今夜で友人になれたみたいね。先を急がないのならもう少しここに居たらどうだい?」

「ありがとう。私は、椋木弘、妻のすずです。お言葉に甘えるかもしれません。どうぞよろしくお願いします」

「さあ、明日もあることだし、部屋を案内するね。それから、すずさん。言葉は理解できないと思うけど『私たちはもう友人よ』と弘さん伝えてちょうだい」

「ありがとうございます」

ニッコリとすずは返事をした。

松島行のバスに揺られて三人は昼ごはんの話に余念がない。バスの窓は開けられて入り来る風の爽やかなこと。ここ何年も味わったことのない開放感に酔っているユジンだった。

「ママ、気持ちいいねぇー。シギョンさんは友達なの? 好きなの?」

「……友達よ。好きなのかな?」

「シギョンさんは?」

シギョンは両耳を赤くして

「キライな人と食事をしたいと思うかな?」

「じゃ僕のことも好きなの?」

「もちろんだよ」