マイコンにハマる

少年時代にハマったもののなかで、現在につながる最も重要なものが「マイコン」だったかもしれません。マイコンすなわちマイクロコンピュータ。いまの若い方は耳になじみがないでしょう。

現在のパーソナルコンピュータの走りと思って間違いありません。1980年代に大ブームになり、自作キットも出回っていました。ただし、日本における家庭用コンピュータの黎明期ですから、この頃のスペックは当然、高が知れています。

私がマイコンにハマったのは、母方の叔父がはじめたマイコンショップがきっかけ。叔父の店に行くと、NECの「TK80キット」、シャープの「MZシリーズ」、富士通のFMZ……、当時の人気機種が並んでいました。

マイコンを使ってなにをやるかというと、もっぱらゲームです。といっても、私が夢中になったのは、既存のゲームで遊ぶことではなく、「ベーシック言語」を使ってプログラミングするゲームの自作。

マイコンは高価だっただけでなく、周囲には興味もつ友人がいなかったため、一人でゴソゴソとやっていました。みんなが好んだのは、その頃、やはり大流行した任天堂のファミコンです。マイコンはファミコンの数十倍の価格だったうえ、ゲームづくりはプログラミングの知識がないとできませんから、これは当然だったと思います。

当時のコンピュータは、カラーモニターなどなくて、グリーンモニターの時代です。記憶媒体はいまや懐かしいフロッピーディスク(FD)。それも5インチもあるもので、最初は8インチだったかもしれません。

1枚何千円もするFDの使い古しを叔父からもらってきて、ベーシックでブロック崩しなどのゲームをつくったことを思い出します。当時、私はベーシック以外のプログラミング言語を知らなかったのですが、こういう道に進みたいと思いはじめていました。

もう一つ、将来の選択肢として考えていたのが自衛隊です。かといって、国を守りたいという意識が強かったということではありません。そういう志を純粋にもっている人には叱られるかもしれませんが、強くなりたいというのがいちばんでした。格闘技を身につけることに興味があったのです。

進路について自分の考えを先生に告げると、自衛隊はあまりすすめられないと意見を言われ、「これからは、コンピュータの時代だから」と後押しされました。そう言われたからといって、「じゃあ、そうしよう」と、すぐに決めたわけではありません。

しばらくは、プログラマーと自衛隊という二つの選択肢のあいだで迷った末に、特に勉強が好きではなかった私は、実践的な知識を身につけられる、地元にできたばかりの専門学校を選んだのでした。

※本記事は、2022年5月刊行の書籍『DXで会社が変わる』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。