一.朝

早朝のニシベツ川河岸沿いの河畔林には、うっすらと、もやがかかっている。川の近くにはニレの大木がいくつも並んでいて、その下にはヤナギが繁っている。ニレの芽が少し膨らみ、ヤナギの芽はもう緑色の小さな葉を出しかけている。川から少し離れた少し高いところには、カシワの大木が天に向かって荒々しい枝を伸ばしている。カシワの芽はまだ硬いままだ。

カシワの大木たちが並んでいるさらにその先は、草地になっていて、草地越しにニシベツ実業高校の校舎が見える。この河畔林に、一二mの長さのカスミ網が川に対して平行に八枚張られている。川に向かう小鳥たちがカスミ網に刺さるようにかかっている。

川北は、小鳥たちの羽根や足を痛めないように、まずそっと足をつかみ、羽根にからんだ網の糸をそっと外し、安心させるために手のひらでそっと包むようにつかみ、腰に下げている鳥袋にそっと入れた。

近くにいる原田も、手際よく小鳥たちをカスミ網から外していく。すべての小鳥を網から外し、いくつかの鳥袋に入れると、川北と原田はカスミ網場あみば種の作業小屋に戻った。

「川北、どうだった?」

戻ってきた川北に、作業小屋からポイントカウント法で出現した鳥の種類を計測していた安達が双眼鏡片手に問いかける。

「この通りだぁ」

川北は鳥袋の鳥が逃げないように気を付けながら、安達に中身を見せる。

「なんだ、またアオちゃんばっかりかよ」

「ポイントカウント法の結果と変わらないなぁ」

安達はがっかりした様子でため息をつく。アオちゃんとは、アオジ、俗にこの地方で野雀と呼ばれている、胸部と腹部が緑かかった黄色のなかなかかわいい小鳥である。草原や林のふちを好む種類の小鳥である。

川北と安達は、ニシベツ実業高校酪農科三年生である。科学部の活動の一環として、環境省から委託された鳥類標識調査を手伝っているのだ。

「アオジだって、まだ、渡りのルートは解明されていないんだぞ」

科学部OBで水道局長の原田が二人のやり取りに、口を挟んだ。そうなのだ。アオジがこの根釧原野から本州以南に渡ることは分かっている。しかし北海道のどこから本州に渡るのか、襟裳岬なのか、室蘭なのか、函館なのか、それすらよく分かっていない。それを解明することが、自分の使命だと原田は信じている。

「さあ、この子たちにリングをつけるぞ。いつも通り二番リングだな」

原田の言葉にうながされて、二人はリング装着用のプライヤーとリングを準備した。鳥袋の口をそっと開くと、つぶらな瞳でアオジがこちらを見つめている。アオジをそっと手のひらでくるむと、心臓の鼓動が速まっているのが伝わってくる。

まず医療用のライトで目の虹彩を確認した。「Aだな」と川北。Aとは、成鳥(adult)のことである。虹彩が透き通って赤いと、成鳥の証しである。

鳥を弱らせないように、手早くノギスで翼長や尾長、それに管幅(足の直径)などを計測し、野帳やちょうに記入していく。最後にリングのナンバーを確認して、専用プライヤーでリングを足に装着した。そして、作業小屋の窓から、そっと放鳥する。鳥袋が空になるまで二人はそれを続けた。