第1章

俺は空港で説明してくれた女性スタッフを思い出した。名前は忘れてしまったが、彼女がどの地区に住んでいるのかが気になった。そして、最後の真面目な顔も。「肉食地区には気をつけて」……と言っていたが。

「それよりお兄ちゃん、なんで突然、帰れることになったの?」

「あ、それはね、あたしがこの前、そろそろ帰ってきたらって手紙に書いたのよ。だって契約では、最低五年間住めば帰れるんだから」

母さんから緊急の手紙が届いたのは十日前だ。手紙や画像は原則月に一度と決められているので、緊急扱いになって送られてきた。親父が死んだのかと思い慌てて読むと、何のことはない日常の内容で安心した。

「そうだな。五年も住んでたらそのまま永住する人も多いし、俺みたいに単身で行った人間はいつ帰っても良かったんだけど」

「じゃあ、なんで八年もたってからなのよ」

「そりゃー……、住んでみたら意外と居心地が良くてさ。部屋は広さも設備も申し分ないし、頼めば飯だって用意してもらえたし……」

でも、なんで俺は八年間もむこうに住んでいたのだろう。予告なしで移住希望者の募集が終わり、その後は地球からの受け入れを許可する保障が無いので迷っていたのだろうか。

「一番の理由は犯罪率の低さかもな。……地球では毎日ニュースで凶悪犯罪が報道されるのを聞いてたけど、惑星は恐ろしく平和だったんだ」

「でもお兄ちゃん、食べ物はどうだったの? 色々制限があったんでしょ? それに、地球の食事と見た目が違いすぎるって、初めの頃に手紙では……」

「制限? ああ、食材はな。……味はいいんだけど、見た目が創作料理って感じなだけで。惑星で調理をする為の修行を積んだ料理人が大勢来てたから、問題はないんだ。店も多いし」 

「食材って、何でも届く訳じゃないの? 不便ねえ」

母親は大抵食べ物の話題を一番好むものだ。

「うーん……、生野菜が少ないし、卵は加工品が多くて、牛乳と同じで粉状だったりしたな。魚介類も種類が限られたビン詰めか乾物か。鶏肉もそんな感じだけど、不思議と市販品はあまり見かけなかった。店でも用意してる所は珍しくてさ。慣れると別に気にならないけどな」

「お父さんが言ってた。日本の土地不足と食料不足が、短期の惑星移住計画案を政府が出した原因だって」

「あー……、移住の申し込み書類をよく読むと、惑星での食事内容も細かく書いてあったんだよな。でも最終項の小さい字だから、俺みたいに読んでないのもいたぞ。多分」

向こうに移ってからチェックしたら、食事についての詳細は契約書類の最終ページに一、二行だけ目立たないように記載されていた。

「生活全般に関しては最初からかなり良い事ばかり書いてあったから、そこにばかり目がいったのよ」

母親が悪びれずに言う。当時妹の病院通い等で両親は忙しく、共働きでもあったので多少ゆるがせにしても仕方がないとは思うが。