「あの撮影も内藤に任せるんやな」

拓史は仁美に問い掛ける。トロワが専属契約を結ぶゲストハウス・ウェディング会社から、広告撮影の依頼を受けていた。指定のイメージは、海辺で恋人が語り合うシーン。予算も少なくロケ費用も節約しなければならない。内藤が普段担当するパーティー会場でもある。

長い髪を飴色のバレッタで束ねた仁美は真由子を手伝ってコーヒーカップを温めながら、

「もちろんです。内藤君はプロのモデル扱い慣れてますよ。彼に何かお伝えすることはありませんか?」

仁美はカフェの手伝いも苦にせず、撮影の手配も取り仕切る器用さを持っている。七五三記念撮影のハイシーズンもこれから始まるが、カメラマン小絵が勤めていた提携先美容室のスタイリストとコンビで回していくつもりらしい。

「そうだな。逆光のレンズゴースト対策が必要なら円形絞りのレンズ貸すよって言ってくれ。たしか35㎜F1・4があったな。絞り9枚羽根だぞ。あれ最高やな」

拓史は窓から西の空を眺めていると、仁美の抑制を利かせた声と拓史のやり取りに森もつい口を挟む。

「でも今日の天気じゃ夕陽も期待できるんだろうか。厳しいかもな」

「クライアントから指定されたモデルは今日しか都合が合わないみたいなんです」

仁美の頭のなかには、撮影場所とスタッフ、そして撮影料金などの情報が立体的に管理されている。すべてのスケジュールはエクセルで一元管理しているが、彼女の手帳ほど詳しくない。誰も彼女にはかなわない。

「そうか。延期が無理なら、モノクロ調で青色の海にしたら?鉄調色にしても海の青を表現できるからな」

ここに内藤と小絵が揃えば一日の予定がすべて俯瞰できる。ときおり森が3人のミーティングに割って入ることも、後見人と思えばいい。

「内藤君、今日はデジカメでいくって言ってたわよ。せっかくのチャンスだから本番で使いたいって」

向こうでエプロン姿の真由子が片付け物をシルバーに載せて運びながら、言葉を投げ掛けてくる。彼女は珍しく40㎜付きのコンタックスを取り出している。

「任せなさい。私がサブカメラ担当だから、口数で割り込み勝負するわよ。午後から晴れるといいな。標準レンズ付けてフィルム・カメラでサポートするの」

と言った。メインのカメラが不調のとき、助手がバックアップで撮影してくれていることは安心感につながるもの。意外と良い写真ができたりするものだから写真は出来上がりの予測がつかない。

普段カメラを持とうとしない彼女なのに珍しいこともある。コンタックスG2を用意している。内藤とパートナーを組みたいのか、それとも海ロケに反応したのか。

このカメラは真由子が30歳のとき拓史が贈ったもの。このカメラが何を意味するかは真由子としてもよくわかっている。カメラマンになれ、というのではない。拓史はともに支え合った一番の仲間は真由子だと気づいた証にプレゼントした。

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