【前回の記事を読む】「4年生の春、大逆転が起きた」はじめての、みんなと同じ体育の授業…

2章 普通になりたい

ある日の体育。とびばこ台上前転、という先生の指示で、いくつかのグループに分かれて練習する。私は、まだ一度もできていない子たちのグループ。とびばこの上で前転なんて、怖いとしか思えない。そもそも、去年のとびばこの授業は受けていないし、普通に跳べるかすらわからない。

もし失敗したら、困ることがたくさんある。絶対に目立つし、ケガだってするかもしれない。小走りでとびばこに向かって、台を触りながら軽くジャンプ。あー失敗しちゃった、という顔をしながら急いで列に戻る。それを何度も繰り返す。別にとびばこの上で回れなくても、私には理由がある。できなくても、仕方ないのだ。

「どう?できた人はいた?」

授業がもう少しで終わるというところで、先生が私たちのグループを見に来た。みんな私より頑張っていたけれど、グループではまだ誰もできていなかった。

「はい、じゃあ中野さん。やってみて」

一番前に並んでいた子の名前が呼ばれる。もしかして一人ずつやらされるのでは、と嫌な予感がして、こっそりと最後尾に回った。みんなに時間がかかれば、私の順番が来る前にチャイムが鳴る。

「はい、できた」

足や腰をサポートされながら、みんなが台の上で回っていく。もうすぐチャイムが鳴るところで、私以外の全員が終わった。

「次、姫花やってみて」

仕方なく小走りで進んで、踏み台の上で軽く跳ぶ。先生の手が動いたけど、ふれられる前に足が床に着いた。

「できません」

チャイムまであと少し。クラスのみんなは練習を終えて、私と先生の近くに集まってきた。あと何回か失敗するうちに、逃げられる。そんな私の期待は、あっけなく散った。

「姫花が終わるまで授業は終わりません」

耳に届いた言葉の意味が分かってすぐに、チャイムが響いた。次は給食。授業が終わらなければ、みんなに迷惑がかかる。焦りと怖さで、涙か出てきそうになるのを必死にこらえる。やらなきゃいけない。

「姫花頑張れ!」

「もうちょっと!」

いつの間にか、クラス全員に応援されていた。もう1回、もう1回。とびばこに向かって走り、手をついて足を浮かすと、何度目かで、ふ、とお腹の力が抜けた。

「できた!」

「やったー!」

給食を待たされているはずのみんなから、拍手が聞こえた。できた。

忙しく始まった給食の準備は、なんだかいつもより賑やかに感じた。夕飯の時に家族に話そう、と思いながら帰り道を歩く。数時間前の先生の恐ろしい台詞を頭で繰り返しながら、そういえば、と思った。去年は毎日のように浴びていた悪口を、今年に入ってから聞いていない気がする。