あら、そうだったんだ。

「でも、兄弟も白黒しかないけど、寂しくないの?」

と聞くと、

「寂しくないよ、あかねこがいい!」

目をキラキラさせて笑顔で答えた。そうなのか、親兄弟とまるで違う「あかねこ」。これは、もう「あかねこ」育てるしかないよね、この子は最初から突然変異の新種だったんだ。

発達障害児の育て方については、それから、様々な本を読んだ。市の教育相談室にも通った。相談室の先生は子どもが安心できる初めての大人の男性だった。障害児教育の経験豊かな優しい方で、この子をまるごと受け入れてくれた。子どもが信頼している様子に、私も安心して相談できた。いっぱい助言をいただいて励まされた。安心できる大人たちの中では次男は落ち着いて過ごせることもわかった。

次男は絵を描くことが大好きで、保育園や相談室の先生に褒められてからというもの、毎日何枚も絵を描き、五歳から絵を描かない日はない。学校に行けなくても絵を描いて過ごせる時間は彼にとって救いでもあった。

乳児期の「あかねこ」

次男の誕生は長男が十歳になる頃だったから、一人子育てし終えて孫を育てる感覚。そして、手がかからない子だった。よく寝る、おっぱいはよく飲む、何より大きく生まれたので少しくらい痩せても心配ないと気楽にしていた。

不思議なことに、この子は寝ている時、「天上天下唯我独尊」のポーズでお釈迦様みたい、寝顔も神々しくそれだけで癒された。それでも、数時間ごとのおっぱいにはさすがにグダグダになった。

しかし発達が早く、上の子が一歳過ぎにようやく歩いたのに対しこの子は一歳ではすたすた歩き、背負わせた一升餅をものともせず歩いた。離乳食も順調、アレルギーもなし、生後二か月から保育園に預けていたこともあり、母以外は絶対ダメということもなく、人見知りも過ぎ、保育園でも手のかからない良い子だった。

ただ、母親の直感、「この子は何か違う」とは感じていた。発達の異常はない。目と目を合わせると笑う。しかし、離乳食の散らかし方がすさまじかった。楽しんでいるかのように散らかす。もしこの子が第一子だったら育児困難になっていたかと思うほど。

※本記事は、2022年8月刊行の書籍『運命に寄り添う、そして生きる』(幻冬舎ルネッサンス新社)より一部を抜粋し、再編集したものです。