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フリオは日本に来たばかりの時のことは思い出したくないらしい。だから、この話は一回しか聞いていない。でも、ずしんと心に響いて、重石のように私の心の奥に残っている。

私は生まれた時から日本にいて、自分が日本人だということは当たり前のことすぎて意識したこともなかった。おじいさんもおばあさんもそのまたおじいさんもおばあさんもずっと日本で暮らしていて、日本の外に一度も出たことがない。

日本は平和だ。うんざりするほど平和だ。けれど、フリオのように心の中に重石を抱えている人は間違いなく存在している。そんな人たちにとっても日本は平和なのだろうか。フリオは日本は安全だと言うけれど、安全であることは平和であることの必要条件であったとしても十分条件ではない。

私は、フリオの話す日本語が好きだ。わかっている言葉を言おうとするのに、じっくり味わってから口から出てくる。話し方の作法を守るように、きっちりと話そうとする。お茶の先生がお抹茶を()てるその通りにしようと、丁寧に所作を真似しているお弟子さんのようだ。

五つも年が下だというのに、私よりもずっと年上のように思える。幼いころに慣れ親しんだ環境とはまるで違う空気の中で生活するストレスを抱えて異国で生活してきた年数が、彼を実年齢よりも上に見せているのだろう。