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つばくろ谷には五十分ほどで到着した。標高千メートルを超えるこのあたりでは秋色もさらに濃くなり、麓ではほのかに赤く紅葉していたナナカマドもここでは赤黒く(ただ)れ、ダケカンバの黄も茶に縮れている。つばくろ谷は不動沢の源流になる谷で、もっとも奥まったところに滝があり、その滝壺から沢が始まっている。

つばくろ谷に架かる橋からは福島盆地の全容が見渡せ、磐梯吾妻スカイラインの佳景スポットのひとつになっている。不動沢橋と呼ばれる現在のアーチ橋は十年ほど前に完成したもので、今左沢たちが立つ展望台は、取り壊した古い橋の橋台を再利用したものだ。

「ちょうどこっから下あたりさ倒れていました」

多門は柵の近くに立ち、谷底を指差した。左沢は促されるように覗き込んだが、古い橋はつばくろ谷のもっとも狭まったところに架けられていたため、両岸から張り出した木々の陰になって谷底はほとんど見えなかった。

「発見したのは不動沢橋さいた観光客ですよ、ほら見えるでしょう、ふたりが死んだ翌朝にあそこさいた観光客が発見したんですよ」

多門は、左沢の戸惑いを察してすぐに言葉を継いだ。彼が指し示すほうを振り向くと、不動沢橋の中央付近でこちらを眺める五、六人の観光客が見えた。そこは左沢たちが立つ展望台からは見上げるほど高い。普通、展望台と言えば、もっとも景観の広がった場所に作られるものだが、ここでは逆になっている。

「周平くんは仰向けで、滝山みどりさんはうつ伏せで倒れていました。ふたりの遺体はヘリコプターでここさ上げて、死体検分したんですが、おっこったときについた傷以外なんもありませんでした。頭部強打による脳の損傷、これがふたりの死因でした」

「ふたりの位置関係はどうだったのでしょうか。ふたりは折り重なっていたのですか」

「いや、ふたりは四メートルほどの間隔さ置いて倒れていました。手に手を取って飛び降りたのなら四メートルは離れすぎだという疑問もありましたが、谷底でのバウンドのしかたで起こりうることですし、よすんば別々に飛び降りたとしても心中には変わりなかろうということで、署の見方はほぼ一致しています」