ある日の夕暮れ時。いつもの日常をこなして、家路を歩く。僕は、仕事帰りの疲労を(まと)い、のんびり歩く。

狭間(はざま)(のぞむ)という人間の人生は、なんだか疲れる。

ぼんやり今読んでいる本の続きを気にしながら歩いていると、電柱のそばで佇んでいる真っ白な猫と目が合った。飼い猫だろうか。とても綺麗な瞳で、ふわふわとした長毛の毛並みの美しい白猫だった。白猫はしばらくこちらを見ていたかと思うと、振り返りながら僕の前を歩き出した。どうしてだか、ついて来いと言われている気がした。

「良いよ。ついて行くから安心しておくれ」

白猫に向かってそう言うと、白猫は安心したのか振り返らずに進み出した。ところが、突然左手に雑木林が見えてきたかと思うと、白猫はひょいとそこに入って行ってしまった。薄暗い雑木林に、一瞬入ることを躊躇う。しかし、白猫はちょこんと僕の方に向かって座り、そのまま動かなくなった。

雑木林の前で立ち竦すくむ。しかし、白猫も動かない。やはり、僕のことを待っているようだ。仕方がないので、おとなしく雑木林に入って行った。

僕が歩を進めると、白猫はまた振り返らずに進み出す。一度頭に枝が当たったりはしたが、思ったより歩きにくくはなかった。しかし、獣すら通らないのか、道らしき道はなく、誰かが歩いた様子もない。白猫はというと、どんどんと奥へ進んで行く。

僕の頭に枝が当たった時だけ振り返って気にしてくれたように見えたが、たいしたことがないとわかると、またそのまま進み出したのであった。

暗い雑木林は突然終わりを告げた。夕暮れ時であんなにも暗かったはずなのに、雑木林の先は、昼のような明るさだ。急な明るさに立ち止まって、思わず目を細める。しかし、目はすぐに慣れた。目の前には小高い丘があり、頂上には大木がある。

空は雲ひとつない青空。しかし、不思議なことに、ところどころピースの形に真っ黒な部分が空にあった。あれはなんだろう? 空って、パズルのピース型に暗くなることなんてあるのだろうか?

そんな話は聞いたことがない。そもそも、僕は夕暮れの道を歩いていたはず。実は、ここは屋内で、あれは天井だろうか? そうだとしたら、この空模様の説明がつく。でも、どう見ても本物の空だ。

その不思議な空模様に、僕の頭の中は疑問で溢れていった。白猫は、空を見つめる僕を気にせず、どんどん頂上に向かって進んで行く。

「あっ、ちょっと待って!」

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