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電話の相手が見える百里眼異能力者、伊能敬(いのうたかし)五二歳、夜街新聞社主催

結局、初恋はこうして悲恋に終わった。

伊能は、その後も寂しい独り者として大学を卒業して、就職した。

就職先で、営業の仕事をするようになると、電話で商品の売り込みをすることが必要となることもあった。商品はパソコン。となると、交渉の相手は男性が多くなる。この当時まだ奥様にはそれほど需要がなかったからである。

電話に出るのが奥様だと、「主人がいないので分かりません」といったパターンで断られることが多いため、電話の相手が中高年の女性だと分かった途端にやる気が失せるのである。

その投げやりな雰囲気をまた女性は見逃さない。敏感に察知して、態度の悪いセールスマンということで、会社に対して苦情が来ることがあった。そのため、早々にくびになってしまった。

こうして、伊能は、セールスの電話対応がいやになり、それをしなくてもいい職場を探していて、何となく業界雑誌の世界に入り、とうとう自らこういう会社を立ち上げるに至ったのである。

伊能は、自分の能力に何のメリットも感じておらず、誇りも持ってはいなかった。

ただ、業界誌のネタになればと思い、役に立たない能力でも人の興味を引くことができるのではないかと考えたのである。その程度の軽い気持ちで「異能クラブ」を立ち上げたに過ぎない。「異能」というのも、自分の名前に掛けてしゃれのつもりであった。

ところが、この異能クラブを立ち上げてからは、今日集まった異能クラブへの入会希望者らから電話を受けると、伊能から先に相手の名前を言うので、クラブ入会希望者らからは一目置かれるようになった。ここに電話を掛けてくるのは、みな、大した能力者ではないので、話し出す前に名前を言い当てられるだけで、自分よりも優れた能力であると感じてしまう傾向があり、こうして、伊能は、このクラブを開設したことにより、わずかな誇りを持てるようになったのである。

ところが、ところがである。近年になり、電話番号が表示されるようになると、電話に出なくても、誰でも、誰からの電話かが分かるようになってしまったのである。伊能の能力が色あせた瞬間である。今は、わずかに公衆電話か、非通知電話にしか、その能力の発揮場所がない、誇りが小さくなりつつある伊能であった。それでも、最近になり、このクラブを立ち上げたこと、そしてこれを広めていこうというきっかけとなるような出来事があった。