第一章 アオキ村の少女・サヤ

女はフードに手をかけ、それを頭上から払った。

(あ……)綺麗な人だ。そして、蒼い。顔を覆っていた日除け布は外され、現れたのは髪の蒼い女性だった。……いや、女性と呼ぶにはまだ若すぎる。少女だ。(よわい)は十五、六くらい?蒼い髪なんてこの世界に存在するのか、サヤはその美しさに心を奪われた。

蒼の深い瞳は自分をまっすぐ見つめている。こちらに向かって歩き出した少女は、すらりと腰から剣を抜いた。実に自然な動作だった。危険を感じた村人達がサヤを守ろうとエリサに組みつくが、一人も彼女を捉えることが出来なかった。サヤの目にもエリサがどのように動いたのかよく見えなかった。そして気づけば、宝石のような瞳がサヤを見下ろしていた。

内心、ギュッと胸が締まるものを感じた。その手には細身の直剣が握られている。表情の変わらない心の奥を見透かすような瞳を前に、サヤは一歩も動けない。いや、動くわけにはいかないし、動かなくともよかった。

「うおぉっ」

カズマだ。木剣を振りかざしたカズマが自分とエリサの前に割り込んだのだ。

「サヤ様には指一本触れさせない、余所者(よそもの)め。皆、サヤ様をお守りしろ!」

カズマの合図で村人達が二人の侵入者を取り囲んだ。

「…………」

しかし蒼い少女は動揺する気配もない。自分の前に立つカズマは「サヤ」と小声で呼びかける。

「安心しろ、俺がお前を守る」

大きな背中から漏らすように言った。カズマは肩幅のしっかりした偉丈夫(いじょうぶ)で、腕っぷしも確かだ。村の大人が二人がかりで引く荷車も彼なら一人で動かすことができる。足腰の強さは誰も敵わない。そんなカズマの存在があの少女の前には小さく見えた。

なぜなのか。サヤには理由が分からない。ただ少女の前にカズマが相対するだけで胸中に言いようのない不安が沸き起こるのだ。

「来るっ」

エリサの剣が天を突く。村人は一斉に構え、一面に緊張の波動がほとばしった。

(カズマ……)背中に向かって心の中で名前を叫ぶ。エリサは直剣を蒼天に(きら)めかせると、勢いよく地面に突き刺した。

「私の武器をあなた達に預ける。これで信用してくれないか」

蒼い瞳が自分に向けられ、瞳の主は口にした。ざわめき。しかし彼女は続ける。

「私はエリサ、ただの旅人。今から武器を差し出すのは、ゲイツ」

「待って、俺まで武器出さなきゃ駄目なの?」

「出さなきゃ駄目」

赤毛の青年はため息をつき、腰の鞘ごと近くの村人に投げてよこした。

「私とゲイツは世界をまわる旅の者。この通り、あなた達に悪いことをする気はまったくない。一杯の井戸水でもいい、少しだけ休ませてもらえないだろうか」

少女の態度は毅然(きぜん)としていた。表情は少なく抑揚も薄い。だがその言いようには不思議と傲慢(ごうまん)さを感じられなかった。サヤは何も言わない。エリサの剣は足元に直立したまま沈黙していた。