一週間も経つと、頬髭もいくらか様になって来る。肌を覆って広がっていく頬髭に京子はそれまでとは違った反応を見せ始める。
ベッドの中で、傍らに身を投げ出している夫のもさもさと伸びた頬髭を見て、京子は指先で引っ張りながら笑う。
「これって何よ。この不精髭」
「違うよ。不精髭ではない」
俊夫はむきになっていい張る。
「まるで熊さんみたい。不精髭って大人になりたくない青二才のシンボルマークよ。会社の社長のあなたがそんな格好じゃあ大人子どもとからかわれるだけじゃ済まないわよ」
冗談混じりにそういう京子がどうやら夫の髭面を受け入れ始めたらしいと感じて俊夫はしめたと心の中でほくそ笑む。
彼女の中に何者が棲み始めているにせよ、そいつとの戦いの、まず緒戦の勝ちは彼のものだ。
最後の勝利というには余りにも覚束ない状況であるにせよ。俊夫は思わずほくそ笑みたくなる。
大人子どもとはよくいったものだ。それは京子が俊夫に与えた名誉あるあだ名だった。