すぐにかわいかった赤ん坊時代の顔が思い浮かびました。ユウタ君を遊ばせていたお母さんの姿と話しぶりも思い浮かびました。五歳くらいまで外来に来ていたヒルシュスプルング病(注1)術後の子でした。

十歳くらいの時に急性虫垂炎の手術もしているのです。

「お母さんは元気かい? それにしてもよく先生だとわかったね、髭も生えてるのに……」

「母は元気です。宮本先生は一発でわかります。なんといっても命の恩人ですから!」

少し立ち話をした後、たまたま肩掛け鞄に入っていた自分の書いた本を手渡しました。不思議なことに、鞄に二冊入っていた本はどちらも一冊目の本であったので、スーパーの会計を済ませた後、ランクルに戻り『Ⅱ』を手に再びスーパーに戻りました。会計の列に並ぶユウタ君に二冊目の本を渡し、「元気でね、お母さんによろしく……」と、握手しました。

ユウタ君のあまりにもゴワゴワとごつい手に驚き、仕事を尋ねると、「焼き鳥焼いています」とのことでした。

車での帰り道に、ユウタ君の思い出話をしている時、家内が、ふと、「良かったね! 命の恩人って言ってたよ。スーパーでユウタ君に出会えたのは、行くときに道を間違えたからかも知れないね。ほんの数分早くても会えなかったかも……」

道を間違えたことを気遣う観音様のような家内の発言に“もし数分早かったら、絶世の美女に出会えていたかも知れない”という言葉が思い浮かんだのですが、これは“ばちあたり”というものでしょう。心の消しゴムで消しました。

最近このような出会いが続いています。仏様のお計らいであるなら、宮本の命の蠟燭(ろうそく)が短くなったから会わせてくださるのか……などと勘ぐってもしまうのですが、これまたひどい“ばちあたり”ですね。今ある “さまざまなめぐりあいという幸せ”を大切にしていこうと思います。

(二〇一九年四月十九日)


(注1)ヒルシュスプルング病

腸に分布する神経が一部の腸で生まれつき存在しない、あるいは存在してもその働きが十分でないため腸が動かず便が出づらくなり、ミルクを飲めなくなる病気です。以前は生後すぐに人工肛門をつくり、成長を待ってから動かない腸を切除し動く腸を肛門につなげ、その数か月後に人工肛門をふさぐという3回の手術を要しました。現在ではタイプにもよりますが、新生児期の1回の手術で根治することが可能となりました。