ココロ売ってます

ばあちゃんは私を思いっきり抱きしめた後、何も言わず私の手を取り、歩きはじめた。

ばあちゃんとこうやって手をつないで歩くのはいつぶりだろう。小学生ぶりかな、と記憶をたどる。ばあちゃんの手はシワシワでちょっとカサカサで、でも高校生になった私の手よりも大きかった。

手をつないで家の方向と反対方向に歩を進めていると、ばあちゃんの手と私の手はじわじわあたたかくなっていった。しばらくすると、“あたたかい”を超えて“あつい”とまで感じるようになった。

私がつないでいる手を解こうと指を動かした瞬間、ばあちゃんにギュッと握り返され、下を向いて歩いていた私は顔を上げた。すると少し先の道端にひっそりと佇む一台の自動販売機が見えた。横に“ココロ売ってます”とよく分からない看板が立っている。

「あれ、こんなところに自販機なんてあったっけ?」

とばあちゃんに聞くと私の質問には答えず、ばあちゃんは、

「前にここに来たのはりんちゃんが生まれる前。お母さんがちょうどりんちゃんぐらいの時だったかな」

と話しはじめた。

「そんなに昔からあるの? 全然気がつかなかった」

と私は驚く。

「いつもあるわけじゃないんだよ。その人が本当に“ココロ”を必要としている時だけ。その時だけ、ばあちゃんとこうやって手をつなぐと現れるのさ」

とばあちゃんは不敵な、でも優しい目で、握っている二人の手を見つめながら話す。

まだ手の中はあつい。自販機に目をやると、白い缶のジュースが二段にわたり、十個ほど並んでいた。全て同じように見えたが、よく見ると缶の中央に小さな黒い文字で何か書かれているようだ。

ばあちゃんは話を続けた。

「お母さんは高校三年生の夏ごろに『まるやを継ぐ』って私に話してくれたんだけど、どうも私はしっくりこなくてねぇ。お母さんが無理して言っているように聞こえて、正直に将来のことを話してほしいと思って、それでここに連れてきたのさ。この自販機に頼って娘と話すのもちょっと情けないような気もしたんだけどね」

とばあちゃんは当時を思い出してか、少し苦い顔をして話した。

「それで結局、どうしたの?」

と私は聞く。

ばあちゃんは

「この中から一つココロをえらんだよ」

と答える。

「これを飲むとそのココロが心の中に作られるんだ。でも、お母さんはその場でジュースを飲まなかった。『おいしそうだから帰って味わって飲む』とか言って、結局帰って飲んだのか今も知らないんだよ。帰ってこっそり飲んだのかもしれないけど、でも、そのあとも『まるやを継ぐ』って言い続けてたから、もしかしたらジュースは飲んでなかったのかもしれんねぇ」

と遠い目をしてばあちゃんは話した。

私はばあちゃんがお母さんにどのジュースをえらんだのか気になって、自販機のジュースの列を左から右へ見ていると、

「りんちゃんにはこれやね」

と言ってばあちゃんは迷うことなく一段目の右端のボタンを押す。ボタンを押すと、お金も入れていないのに缶が一つ出てきた。出てきた缶を見ると

“sunao”

と小さく書かれている。

初めてみたジュースに少し戸惑いながらもすごくおいしそうな気がして、私は一気に飲み干した。全部飲み干した私を見て、ばあちゃんは、

「これで大丈夫だ」

と言って笑っていた。