第1章

「これから誰かに会いにいくんですか? ご家族ですか? それとも……」

彼女はからかうように小さく笑った。他人のプライベートに興味を持つタイプのようだ。一般的にかわいい女子は図々しいと決まっている。

「家族です。……それより、三つの地区の、どこに住んでるのか……」

俺が悩んでいると職員はいくつか質問をした。主に食生活のことだ。俺と、そして家族の。……バカにしているのだろうか。

「細かい住所はこちらでは出せませんけど、その食生活でしたら、たぶん中間地区ですねー。あ、でもご希望されるならお調べできますよ? 前の住所って分かります?」

俺はメモを渡し、彼女はそれを見ながら更に検索を続けた。

「ご家族は引っ越しなどはされていません。運の良い方達ですね! 国の決めた地区と、ご自分の住居が重なるのはラッキーですよ。住み慣れた土地から離れずにすんで良かったですね!」

彼女は無邪気に笑う。俺にはますます意味が分からない。

「いくつか注意点があるので、よく覚えて下さいね」

まだ続くのか……。なんて長い入国審査だろう。彼女に気付かれないよう俺は小さくため息をつく。まあ八年も経過しているのだから仕方がないが……。

「まず一つ目。なおゆきさんの住む中間地区からは、他の二つの地区への行き来は可能です」

……当たり前だろ。日本国内だぞ、と俺は思ったが、彼女は平然と話を続ける。

「ただし、他の二つの地区同士は、行き来ができません」

……何だって? 

「待ってくれ。他の二つの地区がお互いに行ったり来たりできない?」

「はい。国が決めたんですよ」

彼女は、何も驚くことはない、という顔で言う。

「いや、それじゃ困るだろ。もし行きたい時はどうするんだ? 俺は中間地区だからいいとしても……」

「はい。他の二地区から中間地区への移住の手続きをすれば、全ての地区へ自由に行き来できます。でも一度中間地区の住人になると、それこそ十年間は肉食地区に住むことはできないんですけどね。ちなみに中間地区から肉食地区への宿泊旅行は月に二度まで。最長で二泊三日。しかも条件付きの許可の場合はもっと短くなることもあります」

「肉食地区ゥ?」

……なんだ、なんかこえーんだけど。言ってることが……。

「はい。政府がそう決めたんですよ。三つの地区の代表の中間地区の政府です。だからこの法律はそう簡単には変わりませんよ」

「えー……と、あの、話がよく……。そうだ、もう一つの地区の名称は? なんて言うんだ?」

どうしよう……人肉食地区とかだったら……。

「ベジタリアン・グリーンランドです。略してグリーンランドって呼ばれてます」

これは北大西洋の島と同名だが、そことは特に関係ないらしい。

「は……? グリーン……? 野菜ってことか?」

草食動物の楽園でも作ったのかよ、政府。

「野菜だけじゃないですよ? グリーンランドにはラクト・オボの人なども含まれるので、乳製品や卵も売ってます。もちろん穀類は超豊富です。それから、中間地区とグリーンランド双方の移住や旅行に関しては、回数や期間の制限はありません」

……もう何が何だかさっぱりだった。