エメコ

拓史の月命日は本音をぶつけあって3人でミーティング。とても鼎談(ていだん)とはいかないが、今夜は3回目。3人はビルの外部階段を使って屋上に出る。ここは三方向ともほかのビルの壁に囲まれ、風は通り抜けない。

「春先で天候に恵まれてるから、今夜の会議は屋上ビアガーデンなんだって。まだ寒いかも」

日没の直後で風もなく、空は蒼さを残している。すでにエメコの椅子三脚と、シルバーの丸いガーデンテーブルが並んでいた。

「ここのほうがこの椅子似合うでしょ?」

みんなの手にはビールと真由子が用意したワンプレート。

「わあ! このビルの屋上がこんな感じになってるんだ。素敵ね」

「よし! まずは拓史社長とトロワ経営会議に乾杯!」

「待って! 西に向かって乾杯よ」

これは小絵の不思議なこだわり。

「先月の続きだね。そろそろまとめない?」

この会議でリーダーシップを執るのは真由子。彼女が口火を切った。

「いっぱい意見出たけどな。〈お客様の笑顔のために〉みたいなヤツに決めたらいいんやろ」

「以前は“社長の存在”そのものが理念だったからね。なかなか浮かばないわよ」

小絵はこの件についてあまり関心がないようだ。

「まず、トロワは僕らが成長するためにあるんやからな。カッコつけるのやめよう」

「それもそーだね。私たちが幸せでないとお客様に尽くせないわね」

「スタッフを一番に思う会社。仕事は本気で。それしか思いつかん」

こんな議論の結末を真由子は想定していたのだろう。

「3年掛けて見つけていったら? いま慌てなくても答えはみんなで見つけていきましょうよ」

「私もそう思うわ」

3人ともグラスを合わせて二度目の乾杯。会議は小絵が言い出すと意見が割れることが多い。内藤の意見は一人突き抜けてしまう。最後に真由子がまとめるという一つのスタイルができつつあった。

「言っとくけど、来月は営業会議だから風間ちゃん呼ぶわよ」

話が一段落した。気温もちょうど良いようで、真由子は膝掛けだけを用意している。小絵はいつものジーンズ姿で脚を組む。内藤は下のオフィスから拓史の残したシングル・モルトを携えてきている。今夜はここで泊るつもりのようだ。