【前回の記事を読む】「おとうとがほしい。」心疾患の4歳児が、そう強く願ったワケ

2章 普通になりたい

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私はまだ、納得がいっていない。

「近藤さんは、運動会の50メートル走は見学していてね」

小学校の入学式を終えて1か月。ゆいかと同じクラスになって、新しい友達もできた。ひらがなの勉強が始まって、授業も休み時間も毎日楽しくて、体育では今日から運動会のダンス練習をすることになった、それなのに。

「走ることなら私もできます」

「近藤さん。何かあったら困るでしょう」

あなたは周りと違うのよ、と先生は目を細めて微笑む。でも、保育園ではおにごっこもリレーもみんなでするのが当たり前だった。順番を待っている子はいても、仲間外れにされている子はいなかった。みんなの当たり前から、私だけが省かれようとしているみたいだ。

「でも、出たいです」

気が付かないうちに、涙で声が汚れていた。泣いてもだめよという先生の言葉が耳に残る。喉に閉じ込めた感情を、家に帰って母にこぼした。

「姫花も50メートル、出たいのに」

「そうだね」

「出てもいいでしょ?」

「……でも、小さい頃みたいに入院になっちゃったら嫌だよね。そしたらママも、パパも玲人も寂しいな」

まだ食べ終わっていない夕食が涙でゆがんでいく。学校に通えなくなったら、ずっと入院になったら、また家に帰ってこれなくなったら。それは嫌だという想像が、いくつも頭をよぎった。何も起こらないはずなのに、そう言い切ることもできない。テーブルの上に落ちた水たまりを指で拭うと、涙はだらしなく広がって、行き場をなくしたようだった。

「じゃあ、姫花はみんなが走ってるとき、どこにいたらいいの?」

「そうだね、聞いてみようか」

ひとりぼっちで見学なんて、絶対に嫌だと思った。

「あの子は走れないの?」

「かわいそう」

なんて言われるのはもっと嫌だ。みんなと同じように走れない子なんて、5年生や6年生にバカにされるかもしれない。神様がひとつだけ願いを叶えてくれるなら、キミを治してほしい。