子猫とボール

コンビニの娘

彼は週三日が出勤日で、自宅でテレワークの日は午前中四時間、午後四、五時間の仕事の間を縫ってスケッチをしたり、リモートでドイツ語を学習し、そして週末は空手道場で体を鍛える。この生活サイクルがすっかり身に付いていた。

独り身なので余暇は好きなことに使える。格別寂しくもないから恋人を欲しいとも思わない。時々仲間で飲み会をして女の子たちと軽口を交わすくらいで今のところは十分だ。結婚したいなど夢にも思わないし、もしするとしても遥か遠くずっと先の話だ――。

ある時、自販機で小銭がなくてたまたま傍にいたその娘に立替えてもらった。それをきっかけに少し話をするようになった。それから彼女をもっと頻繁に見かけるようになった。彼が駅前のコンビニへ行くと必ず彼女も姿を現す。偶然なのか、それとも彼を待っているのかどっちとも分からない。

松野は聞いた。

「どんな子なんだ? 可愛い子なのか?」

「一口で言えば子猫っていう感じかな。まだ大人の女性になり切っていないというか」

「年は幾つだ?」

「大学一年だっていうから十八か九だろうと思う」

「つまり君はその娘にのぼせちまったってわけか?」

「うーん、そういうのでもない」

「じゃぁ何なんだ?」

「彼女は『私に話しかけないで』と言うんです。『自分の命は長くない。それなのに親しくなったら突然別れが来た時に辛くなる。だから私は誰とも親しくならないようにしてきたの。私には近付かない方がいい』って言うんです」

「なぜ命が長くないと言うんだ?」

「むつかしい治らない病気に(かか)っているという話だった」

「何と言う病気か聞いたのか?」

「白血病だそうです」

「白血病? 本当に治らないのか?」

医者に診てもらったら治らないと言われたそうである。見た目は分からないが彼女は始終貧血で倒れるという。

彼らはスマホの番号を交換し、SNSで連絡を取り合うようになった。しかし彼は彼女に対してどういう風に接していいか分からない。正直言って彼女の問題を背負い込めるほどの自信は、とてもない。その一方で彼女をこのまま見過ごす勇気もない。気になって仕方がないが、どうしていいか分からない。

「その娘の名前は何と言うんだ?」

「あかりっていう。苗字は聞いていません」

松野は彼女を励ましてやれと言うしかなかった。